株式会社Linden 代表取締役 松野下敏敬
まつのしたとしたか

松野下敏敬

鹿児島県生まれA型
職業:株式会社Linden 代表取締役
趣味:ウォーキング、お酒
座右の銘:努力に勝る天才なし

1976年生まれ、鹿児島県枕崎市出身。小学校1年生から剣道を始める。「鹿児島商業高等学校」時代は、インターハイ出場を経験。現在、剣道三段。高校卒業後は自動ドア施工会社に入社。その後、某大手計量器メーカーや、某大手自動車ディーラーに転職し、営業職を経験。また、自身のぎっくり腰をきっかけに整体師として弟子入り。3〜4年後、リラクゼーションサロンを開業(7年間経営したが現在は、他の事業が多忙になり閉店)。2011年に剣道の武道具店をオープン。2018年4月に「株式会社 Linden」設立。インターネットを活用し、「リンデンブランド」を日本中・世界中に自動的に売れ続けるような仕組みや環境を構築中。

オフィシャルサイト

来歴

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なぜ今の仕事に?

マッサージ店や剣道の武道具店の経営者となり、経営者向けのセミナー(勉強会)に参加する機会が増えました。インターネットの普及とともに、時代が大きく変わってきました。便利になると同時に、AIやロボット、外国人労働者の急増、少子高齢化社会、格差社会、介護離職問題など、様々な問題点がある中で、「今」出来る事って何だろう?って考えるようになりました。時代の流れに逆らわず、3年・5年・10年後の為に「今」出来る事って何だろう?と。日本とは違い、世界は人口が増え続けているので、人口が増えて成長している国々にビジネスを展開しなければならないと思いました。インターネットを活用して、日本製のものを世界中に流通して、その収益で日本人が支え合って生きていく社会を作りたいと思って、この事業をスタートしました。

現在の仕事への想い

インターネットのプロと手を組み、リンデンブランドを日本中・世界中に自動的に売れ続けるような仕組みや環境を構築中です。このプロジェクトが成功したら、社会保障問題や年金問題に一喜一憂することなく、安心して暮らしていける年金のような安定した収入を皆様と分かち合っていくことが出来ます。一企業が出来る事って微々たる人数かもしれませんが、他の企業や国が参考にしていただけるような結果(良かった点や悪かった点)は、提示できると思います。これまでの「競争」の時代から、「共創」の時代へ移り変わる世の中で、社会から必要とされるような企業になります。

あなたにとって覚悟とは

本気で覚悟を決めたのは、今から5年前くらいに、妻が病気になったときですね。脳にウィルスが侵入して、8日~9日間くらい意識がなくなりました。10日目くらいに大学病院に転院して、約2ヶ月間入院して、その後1ヶ月くらい実家で療養してもらって、それから3ヶ月後くらいには、職場復帰できました。入院当初に家族全員呼ばれて、医者から説明があったときは、全員すごく泣きました。医者は最悪を想定して話すので、ショックが大きかったです。意識がない時は、たぶん一生分くらい泣いたし、神頼みしました。今、6歳の長男が1歳になったばかりだったので、その子の母親がいない人生を想像すると、いてもたってもいられず、どんな試練も受けますし、僕が身代わりになっても構いませんので彼女を助けてあげてくださいって頼みました。ご先祖様にも毎月墓参りしますので助けてくださいって頼みました。彼女は、足裏マッサージが好きだったので、毎日病院に通って、足裏マッサージをしながら、色々感謝が足りなかったと謝ました。洗濯や食事、洗い物やゴミ捨て、子供の夜泣きやおむつ交換など、女の仕事だと勝手に決めて、頼りすぎていたと思います。その経験のお陰で、何気ない普通の毎日や、当たり前だと思うような出来事に心から感謝できるようになりました。

カッコイイ大人とは?

誰が見ても、すごいねって言われるような結果を残せている人がカッコイイです。オリンピック選手になることとか、メダルを取ることとか、ノーベル賞とか、1億以上売り上げるとか、超難関の資格試験に合格したとか。結果は何でもいいんですけど、日本人って本当に様々な分野で結果残していてすごいなぁって思います。その結果もすごいけど、その結果を出すまでに努力を続けられることがすごいと思います。大なり小なり、様々な失敗や挫折を経験しながら、途中であきらめず、その結果を残せたっていうプロセスにリスペクトしています。僕も、そんな足跡を残せるような人間になれるように精進します。

今後の展望

今では、世界のトヨタ、世界のホンダ、世界のソニーと一流ブランドとして認知されていますが、戦後は小さな企業だったと聞いています。経営者はもちろんですが、その企業に関わる人達の日々の努力の積み重ねが「今」のブランドに導いたんだと思います。「Linden」を一流ブランドにするんだと心に決めて努力していきます。ご縁のあった方々と力を合わせて、日々出来ることを積み重ねていきます。

若者へのメッセージ

僕も若者と言われ続けていましたが、あっという間に42歳になり、今では全く言われなくなりました。残念ながら、おじさん・おじちゃんと言われるようになりました。一度きりの人生をどのように生きるのかは、自分が決めることです。人生には、二つの人生があるそうです。①金魚鉢の中にいる金魚のような人生(無難な人生)②ジェットコースターのような人生(スリルとサスペンスの人生)どちらの人生がいいとかではなくて、僕は②の人生を送ってきました。人から幸せと思われる人生がいいのか、自分が幸せと感じる人生がいいのかです。成長して結果が出ると、失敗は【経験】となります。たぶん、大成功をしている人は、大失敗の【経験】がある人だと思います。たくさん成功している人は、たくさん失敗している人だと思います。人の目を気にせず、人から影で何を言われても、自分がチャレンジしてみたいと思ったら自分を信じてチャレンジされることをオススメします。チャレンジしないと気づかない「ご縁」にたくさん出会うと思います。20年前や40年前と「今」が全然違うように、これからの20年後、40年後をよりよくするために、一緒にチャレンジしていきましょう。

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お気に入り

湯呑み

小学校6年生の時に作った「湯呑み」です。同級生全員と担任の手書きの名前が印字されています。卒業記念か、20歳の時にタイムカプセルを掘り起こして頂いたもので、日々のお酒やお茶を飲むときに、長年愛用しています。

小銭入れ

高校時代の恩師(小松先生)が教員生活を定年で引退されたときに、教え子を集めて城山観光ホテルで盛大に食事会をされました。そのときに、記念品として配られたものです。デザインも好きで使いやすくて、何より小松先生への感謝の気持ちを忘れないように、10年以上愛用させて頂いております。