2003年からジュニア時代の同期の片山晋呉プロのコーチを務め、2004年から3年連続賞金王へと導き、3年連続JGTOベストサポート賞に選出される。2007年には、北田瑠衣を復活優勝に導く。現在は、週3日アマチュアをレッスンするインストラクターとして、残り4日は取材やツアープロコーチとしての活動と多忙な日々を過ごす。2005年5月には芝公園にレッスンスタジオを移転し、トップインストラクター&トッププロコーチへの道へと邁進中である。
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スポーツが大好きで授業はもちろん体育の時間が楽しみな学生時代でした。父親がスポーツを好きで将来はプロスポーツ選手になってもらいたかったという熱い想いのお陰で、「勉強するなら走れ」、「自転車をこげ」という毎日でした。そんなこともあり、高校時代には自分の部屋に机はありませんでした。 その後21歳で練習場(ハイランドセンター)でインストラクターとしてプロゴルファーを目指していましたが、当時完全歩合制だったため、ついつい練習の時間より少しでも給料を上げるためにレッスンのウェイトが多くなりました。日々練習を重ねて上手くならなければいけない時期なのに、本来の目的を見失っていました。
26歳当時に、あるゴルフ雑誌に同期のプロの年収が記されていて、その時初めて真剣に将来のビジョンを考えました。過去に戻ってもう1度ツアープロを目指して頑張る事は出来ないし、そうかといってこれから頑張るにはツアープロが自分にとっての天職なのか?という不安ばかりが残ってる時に、プロボクサーを目指してた先輩からの一言「才能を知る才能」って知ってる?と言われ自分なりに考えてみました。プロゴルファーという職業は何よりも正しい練習の繰り返し。私にはその繰り返し練習する才能がまったくない。ならばその正しい練習をインストラクションしよう。そして、その世界で日本一になってやろうと決め、26歳にたてた10ヵ年計画どおり29歳の2月に現会社を起ち上げました。
アマチュアの方の営業に関しては、私は一切致しません。口コミでいらした方をレッスンして本当に良い物ならまた来てくださるという自信があります。プロに関しては片山晋呉のコーチになりたかったので並々ならぬ努力をしました。毎週のトーナメントはもちろんチェックして、学生時代からの友人だったため月に最低1回は食事会等を設け定期的に会いながらスイングの話をしていました。 そして、店舗運営面では、歯医者さんのシステムを導入してから飛躍的に売上が上がりました。また、契約プロの成績を上げることでも、メディアの露出が増え、新規来客に繋がっています。基本的にレッスンはお客様とインストラクターのマンツーマンですのでインストラクターのクオリティをあげるために研修期間中の徹底的な指導、定期的なレベル確認テストを行っています。さらに、コミュニケーションの場を設ける事で、スタッフのモチベーションや仕事の充実感を満たしています。
36歳の今年もう一度10ヵ年計画を作り、またもう一度目標を達成できるように日々頑張ります。具体的にはクオリティを下げないために自分の見れる範囲の店舗数を合計5店舗目指します。また、プロコーチ育成にも力を入れて全体で10名以上のプロをコーチング。そして個人的には日本人初のメジャーチャンピオンコーチになりたいです。
色々な方の本当にあったストーリーが書き綴られた本です。読んでいるだけでその人の経験を共有できて、読むたびに感動しています。
これは常に持ち歩いている手帳なんですが、気に入っている理由はオールチャックになっていて、その時々の思い、感動、経験が逃げていかない様なそんな気にさせてくれる手帳です。デザインも気に入っています。