私のカクゴ

栗原眼科病院 院長 栗原秀行
くりはらひでゆき

栗原秀行

埼玉県生まれB型
職業:栗原眼科病院 院長
趣味:古美術、歴史研究、文芸、声楽
座右の銘:挑戦、謙虚、自己革新への努力をする

岩手医大大学院卒業後、八戸赤十字病院眼科部長、富山医科薬科大学講師を経て1984年に栗原眼科医院を開業。後に病床数45床の医療法人白水会へと組織変更し、現在に至る。病院としては年間2300件前後の手術をおこない、地域医療に貢献すると同時に常に最先端医療への挑戦を続けている。

オフィシャルサイト

来歴

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幼少期~学生時代

3歳半の時に埼玉県羽生市に移住をしました。羽生小、羽生中を経て、熊谷高校を卒業し、岩手医大へ進学をしました。本が好きで中高生時代は1日3~7冊の本を毎日読んでいました。この頃から短歌、美術、歴史に興味を持ち、また文筆で暮らしたいと思いましたが、さまざまな事由から医学部へ進みました。

現在の道へ進んだきっかけ

医学生時代に最も面白いと思ったのは視覚の生理でした。それが優れた先輩の勧めもあって、眼科を専攻するに至った理由でした。ちょうど、昭和50年頃から眼科は急激に進歩と発展を遂げ、その進歩の速さは目覚ましく、この渦中を無我夢中に体現したことが今に至る大きな要因の一つだと思っています。

覚悟の瞬間

覚悟というより変化ですね。昭和57年、天理病院に見学に行き、永田誠先生を訪ねたことが大きなターニングポイントでした。目からうろこが落ちるように、臨床への取り組み方について大きな衝撃がありました。わずか2週間でしたがこのときの経験無しに、今日の自分はないといつも思っています。

今後の目標

自分の存在を超える若い先生方を一人でも多く養成することです。結果としてより多くの患者の救済に役立つことができたら、これにまさることはありません。

日本のアカルイ未来のために

与えられる何かを待つのではなく、積極的にチャンスを見つけ、より多様な文化を学んで欲しいと思っています。わが敵は常に自分自身なので、あらゆる領域において自己革新的であってほしいと思っています。自分から変わらないと周りは変わらないのです。

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お気に入り

父の時計

趣味人ではあったものの、庭いじり以外にはこだわりのなかった父が、かなりこだわりを持っていたものの一つが時計でした。中でも身に付けて大事にしていたのがこの時計です。

万華鏡

子どもの頃からこよなく愛したおもちゃの一つがこの万華鏡です。多種多様なものがあり、仕事の合間の楽しみにしています。