SEB体育企画 代表取締役 濵田友哉
はまだともや

濵田友哉

鳥取県生まれO型
職業:SEB体育企画 代表取締役
趣味:映画鑑賞、読書
座右の銘:死守せよ。だが軽やかに捨て去れ

米子北高校卒業。社会人野球の選手として大和銀行、NKK(現JFE西日本)でプレー。2年間コーチも経験し30歳で引退。有限会社アスリートサポート・バーズへ入社しトレーナー業界へ転身。2008年4月に独立、同年10月にSEB体育企画株式会社に合流し現在に至る。

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来歴

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なぜ今の仕事に?

元々、将来は経営者として仕事がしたいと考えていましたが、どのような方向に進めばよいか模索していました。社会人野球のコーチの時にトレーニングの勉強をさせて頂いたことと、選手時代のコーチが先に会社を退職しトレーナー業界で起業されており、誘っていただいたことがきっかけでトレーナー業界で仕事をするようになりました。また、社会人野球の世界でたくさんのトレーナーと出会い、その仕事や雰囲気を身近に感じていたことも大きな要因だったと思います。

現在の仕事への想い

トレーナーという定義は抽象度が高く、そのため参入障壁が低い。極端な言い方をすればトレーナーと名乗れば誰でもトレーナー活動をすることができます。だからこそ、本当の意味でトレーナーを生業にできている人は多くない。そんな中、知識や経験知を競い合って何が出来るか、何を指導するかに意識が行きがちですが、本当は誰がやるのか、誰が指導するのかが重要だと考えています。その”誰”になるために会社としてストーリーを描き、様々な打ち手を打っていくことが大切だと思います。個人個人で戦うのもありですが、私は個人ではできないようなスケールで仕事をしたいと思い、トレーナーカンパニーというチーム戦で仲間の成長を喜び合いながら誇らしい感情を手に入れたいという想いで仕事をしています。

あなたにとって覚悟とは

大和銀行からNKKへ移籍する時に約半年間の浪人生活をする時期がありました。それまでは自分が良い思いをするために、自分の夢をかなえるために野球をしていたのですが、なかなか思うようになりませんでした。NKKに拾って頂いたときに初めて心の底からありがたい。恩返しがしたいという感情が生まれました。それからはチームのために役に立ちたい、どうやったら役に立てるのだろうという意識に変化しました。そして、それからの社会人野球生活の中で多くの成功体験をさせて頂く中で、相手の役に立つことを考えて動くことが即ち自分の為になり、自己実現に繋がるということを体感させて頂き、瞬間ではありませんが、相手の立場に立って考える、動く、貢献するという生き方をしようという決意が固まっていきました。

カッコイイ大人とは?

難しいことをやさしく、やさしいことを深く、深いことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、ゆかいなことはあくまでゆかいに出来る人。

今後の展望

必要とされ、応援される、誇りある会社になること。トレーナーとしての実績や売上、スタッフの給与水準や待遇という物的なことと、自分と仲間が心から楽しく誇らしく思える人生にお互いが仕事を通して貢献できていると思えるような心の部分とまさに物心両面においての幸福を追求していきたい。そして、スタッフ一人ひとりの自己実現をし、自己超越できる会社に育てていきたいです。物的には2019年より、5年で売上2倍計画が進行中です。その中でスタッフの教育システムや面談、社外の力をお借りしての自己実現に向けた取り組みなど、試行錯誤しながら具体的な形に落とし込んでいます。

若者へのメッセージ

物的にはすでに満たされている社会で、これから本当に求められるのは心の幸福だと思います。お互いの成功や成長に貢献できていると思えることがとても大切だと思います。一人の成功より仲間たちとの分かち合いの喜びを私は大好きな野球そして仕事を通して学び、体験させて頂きました。仲間と成長を実感し合い、仲間と成功をともに喜ぶということを、自分の大好きなことを通して多くの人に体験していただきたいと思います。

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お気に入り

名刺入れ

兵庫県の高校野球部の監督に勧められて購入したものです。使うたびにその監督の顔が頭に浮かびます。

革靴

山口県の高校野球部の監督からプレゼントされたものです。「一緒に世界を広げましょう」と誓いをたてた監督に頂いたので思い入れが強いです。