1984年生まれ、茨城県出身。茨城県総和工業高等学校で電気工事等電気関連を学ぶ。その後、薬を扱ってる会社で営業業務をする。生井電気で電気工事の実務を経験後、退職。色々な方々の建物並びに心に灯りをともしたいと、株式会社上野電気を設立。現在に至る。
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 |
電気工事の学校を卒業し、最初は電気工事業にはつきませんでしたが、せっかく学校も卒業したので少しやってみようと勉強をしました。その後近所の電気工事店に就職させていただいたのが最初のきっかけです。周りの人から「すごいね電気屋さん、きれいだね、早いね」と言われることもあって、色々なお客さんと接して喜んでもらいたいと思い、起業しました。友人たちが丁度私と同じ年代でして、自分たちで農業をしていたり、建設業やっていたりと正直羨ましいなと思いまして、自分で起業してどこまでいけるのか競い合って頑張っていこうというのが正直一番でした。
達成感はこの仕事で一番というほどの、やりがい、魅力であると思います。苦労を乗り越え試行錯誤した現場に電気がついた瞬間、苦労した甲斐があったと言えます。達成感、お客様様からの感謝の言葉を頂けるような、仕事を続けていきたいと思います。
電気工事業を始めて、独立しようと思った時に、まず私個人がスキル、経験を積み、お客様からの信頼を頂き、協力して頂ける仲間が増えてきて、お客様、仲間、家族から、頼りにされた事がきっかけで、この業界で、頑張っていこうと覚悟をきめました。覚悟を決めた事により、さらに、信頼されるようになり、お仕事が増え、仲間も増え、やりがいも増してきました。さらなる、覚悟をもち、前に進んでいきたいと思います。
挨拶と感謝ができる人ですね。会社を立ち上げるまではあんまり感謝を言いづらかったです。心では思っているのですが、口にだしてはいえなくて、当たり前のように言える人ってあまりいないと思います。私自身も恥ずかしいんですけど少しずつ感謝の言葉を口にだすようにしています。尊敬している人が1人いまして、その人は会社の社長ですごい忙しくて時間がないはずなのに親身になって考えてくれて、「目標を持ったほうがいい」とか色々なことを教えてくれました。だから私もそういった大人になっていきたいですね。それがカッコいい大人だと思います。
電気工事業社としまして、電気工事はもちろん、今後の目標としまして、新たに食品残渣などを堆肥へリサイクル事業のお手伝い、農業関係の方々と協力していき、地域、日本、世界へ少しでも貢献できる会社を作っていきたいと思っております。社員、家族、友人、地域の方、協力していただいている方々と一緒に日本を代表する会社を築きあげていきたいと思います。
夢、目標を作り、その目標に向かって、どうすれば、実現出来るかを考えて、努力し勉強しし、行動を移せば、必ず夢が叶うと思います。人それぞれ、実現するスピードは違うと思いますが、焦らず、突き進んで行ってもらいたいと思います。それと、家族、友人、支えて下さる方々の感謝を忘れず、生きていってもらいたいと思います。
ブランドでポールスミスが好きなのですが、そちらのブランドのボールペンです。ここぞと言うときに使うラッキーアイテムです。
親しい友人と作ったスーツですが、このスーツを着ると、なぜか、パワーが頂けるものです。