株式会社KAKU International 代表取締役社長 加耒浩一
かくこういち

加耒浩一

福岡県生まれB型
職業:株式会社KAKU International 代表取締役社長
趣味:旅行、ファッション、ゴルフ
座右の銘:自分の人生は自分で決める

33年3ヶ月三菱自動車工業株式会社に勤務。自動車プロセスのすべてをカバーする主要業務(生産技術・製造技術・商品開発・海外営業・国内営業・販売会社)において、新商品事業統括責任者プロダクトエグゼクティブ・販売会社社長・国内営業本部副本部長などの要職を歴任。ドイツに於けるメルセデスベンツ社との共同開発、オランダでの生産立上げ、イタリア・ピニンファリーナ社とのカブリオレ開発、日本生産工場の再生と新しい生産方式導入など、国内外1,000人以上のプロジェクトをリードし、欧州のカーオブザイヤーにあたるゴールデン・ステアリング賞を受賞した。営業分野では新車・中古車の販売企画・広告宣伝、全国販売会社の統括業務、世界初量産電気自動車の販売責任者を務めた。また、販売会社代表取締役にも就任し、販売現場で営業プロセス改革や販社再編に取り組んだ。新会社立上げ時の北米駐在をはじめ、海外商品開発時には欧州・東南アジアなど20カ国以上でサプライヤQCDフォローを行う等、海外での活動も得意としている。元々は技術系エンジニアであり、工場計画・立上げ、新材料・新工法の研究、生産性改善や開発日程短縮プロジェクトなど、生産技術者としての素養がベースになっている。2011年7月に創業し、自分の名前から「提供(加)」&「耕育(耒)」をビジョンに掲げ、経営コンサルタントとして大手電気メーカー、韓国政府機関、中小企業などをサポート。稀有な経験と幅広い人脈を最大限に活用し、顧客ニーズに応える人・物・技術を繋ぐサービスを事業の柱としている。環境問題と電気自動車普及に関する多数の講演で講師を務めると共に、テレビ・新聞・雑誌などに露出。

オフィシャルサイト

来歴

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なぜ今の仕事に?

大学を卒業後大きな目標もなく自動車メーカーに入りましたが、よく言われるように大きな会社は縦割り組織が多くタコツボ文化が育ちます。つまり部門を横断して異動することは稀で、一つの職種でサラリーマン人生を全うする人が多いんです。私は生産技術という分野から企業人をスタートしましたが、眼の前の仕事に懸命に取り組んで行くうちに、運よく開発、営業、販売と多くの仕事を経験することができました。中でも新車の事業責任者という全社的プロジェクトを担ったおかげで、企画開発から販売サービスまで自動車のバリューチェーンすべてに渡った仕事を熟知することができ、結果的に自動車メーカーの出身者の中では稀有な経歴と多くの人との繋がりを持つことができました。この経験を活かすにはどんな仕事があるかと考えました。例えば中小企業のある技術をみれば、これがクルマのどの部分に役立つか、それを相談する相手先の職制は?人は?というようにピンポイントに的を絞ることができます。また大企業の目線に立てば企業内にいることでやりにくいこと、小回りが利かないことなど困っていることが身に染みてわかるわけです。つまり自分は需要と供給のマッチングを成功させる近道を知っている、これを活かす仕事で育ててくれた自動車業界に恩返しすることはできないかと考えました。これが今の仕事にたどり着いた理由です。

現在の仕事への想い

会社を辞め独立してからはいままでと違うことをしようと思いいろいろなことに手を出しましたが、多くの失敗を重ね人生甘くないことを実感した3年間でした。そのうちに33.3年間のサラリーマン経験が自分の全てだと気付いてきました。食べたものが身体を作るといいますが、自分の能力や人関係はほとんどが会社生活から成り立っているんだなと気付きました。一方で古巣や業界を外から見ると、中にいるときに気づかなかったことが見えてくるようになりました。これを活かして、古巣や業界に恩返しをしたいと。古巣にかかわるにあたり、現役社員や関係先の会社の皆さんに喜ばれることをしなければ意味がないと心に誓いました。昔の名前で出ています的に先輩風を吹かせたり押し売りをしたらダメだと決めました。先日現役社員から「加耒さんに相談してよかった、助かりました。」という言葉をかけられたときは最高に嬉しくて今の仕事をしてよかったと感じた瞬間でした。

あなたにとって覚悟とは

会社を辞めたのは会社や仕事が嫌いだったわけでも何かトラブルがあったわけでもありません。数多くの責任ある仕事をさせてもらいかけがえのない経験も積むことができ、何より先輩や同僚、後輩によくしてもらった大好きな会社でしたし、会社を定年前に辞めるという考えはまったくありませんでした。でもある時その思いは突然やってきたんです。3.11。あの日の数日前に人事異動と勤務地変更の打診がありました。会議に出席していても心の中がもやもやして上の空のような状態の時にドスンと揺れました。3月11日の夕方、東北大地震のその時、東京も自分の心も大きく揺れたのを覚えています。地震発生後の数日間はその対応で何かを考える余裕はありませんでした。当時は国内営業本部の副本部長として全国販売会社を統括していたので、災害対策本部を立ち上げ被災地の販社やその家族に対する応援物資の調達などに追われていました。震災対応が少し落ち着いてくると自分のことを考える時間ができました。「このまま会社にいても活き活きした自分が想像できない」ということが頭を占めるようになり、「自分の人生は自分で決める生き方をしたい」と思い会社を辞める決断をしました。

カッコイイ大人とは?

正直に言うと憧れとか目標とかいう人を持ったことはないんです。「何をするかより誰とするか」みたいなことがよく言われますが、あまり好きではありません。自分にできること、自分にしかできないことをすることが重要だと思っています。その結果人の役に立てればいいと思っています。でもカッコイイと言われることはすごく嬉しいし、そうなりたいと思っています。ファッションに気を使うことも好きです。いつも若々しくて素敵なファッションを身にまとい、颯爽と仕事をこなすような大人でいたいですね。

今後に向かって

当面は今の仕事を続けます。まだまだ僕がお役に立てる企業があると思っています。大企業のニーズはしっかりつかんでいるのでそれに応えられる技術や物やサービスを提供できるようにしていきたいですね。自分の名前は加耒といいいますが、考えてみれば「加」はプラスとか増えることだし、「来(耒)」はやって来るとか耕すというなかなか縁起のいい名前だと思うようになりました。せっかくいい名前をもらったので、名は体を表わすことにし、人と社会に価値あるサービスを「提供し(加)」「耕し育む(耒)」を会社のビジョンに掲げました。この気持ちで社会に貢献していきたいと思っています。プライベートでは、ほとんど親孝行ができていないので遅ればせながら恩返しをして、その後に「ファーストクラスで世界一周」ができるように頑張ります。

若者へのメッセージ

夢や目標をもって学校を出て、それを実現するために一歩一歩前進している、そういう生き方ができている人は大変素晴らしいと思います。しかし多くの人は目の前の現実に流され、職場や仕事に悩み、転職や独立をすべきか悩み、そもそも何をしたらいいか悩んでいる、というのが現実だと思います。私は普通のサラリーマンでしたが、企業人であったがゆえに経験できたことがたくさんあります。悩みながらも先ずは目の前の仕事を一生懸命やることがその人の糧となって財産になります。準備もなくあわてて辞めたので多くの失敗も経験しました。どの道を選ぶのも正解はないし間違いでもないというのが人生だと思います。若い人と飲むのは大好きなので、機会があったら一緒に語り飲みましょう。

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