安倍晋太郎元自民党幹事長を父に、岸元首相を祖父とする政治家名門の系譜。成蹊大学卒業後南カリフォルニア大学に留学、政治学を学び帰国後は神戸製鋼所に入社しサラリーマンの生活を経験。その後、総理、総裁を目前に亡くなった父晋太郎の後継者として、1993年初出馬でトップ当選。自由民主党社会部会長時代には、年金制度、社会保障制度について取り組む。
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元々、政治家家系の家に生まれていますので、「政治家」を職業としての選択肢に入れやすい環境であったと思っています。選挙に落選する父の姿も見ていたので、幼心に政治家の厳しさというものも感じていました。
1982年に、父が外務大臣に就任したことが事実上きっかけになったと思っています。就任直後に父に呼び出され、「お前が政治家になりたいのなら、俺を手伝え」と言われました。それから約9年間、父の秘書を務めました。
2007年、総理大臣を辞任する決断をした時は、やはり大きな覚悟を要しましたね。もともと持病として抱えていた病気が、あるきっかけで悪化をしてしまったことで仕事に支障を来すようになったのです。国民の皆さんには迷惑をかける形になってしまいましたが、この時の判断は間違っていなかったと思います。この決断が事実上政治生命を失うことになるとも、一方で感じていました。辞任を表明した後、地元に帰ると、本当に多くの方々から声援をいただきました。「諦めるなよ!」「やり遂げろよ!」というような力強い声に励まされ、残された使命のために全力を傾けていこうと、再度覚悟を決めた瞬間でもありましたね。
一人でも多くの有能な若い政治家の後押しをしていくことが私の目標です。また、政治家として私がまだやり残している使命もありますので、それに向かって精進していきたいですね。
日本という国は、美しい自然、素晴らしい文化、長い伝統を持った国です。そして、まだ大いなる可能性が秘められていると思います。その可能性を引き出していくのは、若い皆さんだと思っています。自分や自分の国を卑下したり貶めることに情熱を注ぐのではなく、日本のために、共に汗を流していきましょう!
地元(山口県)の後援会青年部から官房長官就任時にお祝いでいただいたかばん。機能的で取っ手が持ちやすく気に入っています。
総理在任中に署名する機会が多く購入しました。以来、手紙の返信や原稿などのチェックをする際欠かせないアイテムになっています。