覚悟の瞬間(とき)

北海道夕張市長 鈴木直道
すずきなおみち

鈴木直道

埼玉県生まれAB型
職業:北海道夕張市長
趣味:読書、映画鑑賞、ボクシング
座右の銘:一点突破、全面展開

平成11年4月東京都奉職。平成16年法政大学法学部法律学科卒業。平成20年1月から同22年3月まで東京都職員として夕張市に派遣。同22年4月内閣府地域主権戦略室に出向。同22年4月から11月まで夕張市行政参与に就任。平成22年11月30日東京都退職。平成23年4月全国最年少(30歳1ケ月)市長となる。

オフィシャルサイト

来歴

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幼少期~学生時代

小学1年生から同県三郷市で育ち、幼少時には普通に大学を出て就職をすると漠然と考えていました。しかしながら、高校生の時に両親が離婚し、経済的に苦しくなった際に姉は短大をやめて働くようになり、私も高校に通いながらアルバイトに明け暮れる毎日を過ごしました。

現在の道へ進んだきっかけ

北海道夕張市が深刻な財政難に陥り、2007年3月6日をもって財政再建団体に指定され、事実上財政破綻をしました。その当時、東京都副知事であった猪瀬直樹氏の発案により、財政破綻で職員数が半減する北海道夕張市に派遣されました。夕張市では市民課に配属され、主に医療保険事務を担当しました。当初は2009年3月までの期限付き派遣の予定でしたが「1年では何も形には出来ないが、2年目はその1年間の経験や地域との関係を基に具体的な行動が実施できる」と考え、1年間の延長を自ら申し出ました。夕張市への派遣期間が終了し、同年4月からは東京都より内閣府地域主権戦略室に出向しましたが、猪瀬氏、藤倉肇夕張市長の意向により夕張市行政参与に就任しました。夕張市長選挙への出馬を要請を受け、11月30日付で東京都を退職し、夕張市長選挙への出馬を表明をしたことがきっかけです。

覚悟の瞬間

高校に進学した際、両親が離婚をし、自分の人生を見つめなおしました。金銭的に大学進学が難しくなり、また、母子家庭になり、行政のいろいろな支援を受けるなかで行政サービスの大切さがわかりました。学歴差別がない公の仕事が出来るのが東京都庁でした。ですから毎日、猛勉強をし、入庁を決めました。1999 年に入庁してから弱い立場の人を支えることが行政の根本と考え、福祉保健関連のセクションを希望しました。社会人となっても大学進学を諦めきれず、翌年法政大学法学部の二部に入学しました。地方自治を学びながら体育会のボクシング部に入部し、都庁、大学、部活という三足のわらじ生活を始めました。

今後の目標

夕張に家も買いましたので、町を良くして、自分も良くしていこうと思っています。自分の人生を賭けてやりとげようと思ったことが、政治家をやろうという志なので、これが今後の夢であり目標です。

日本のアカルイ未来のために

自分の持っていた夢や、これからぶつかる夢に対して前向きに進んで行ってください。私が同世代のみなさんと共に、今ある課題に取り組み解決していかないと、その先の世代に日本が繋がっていかないと思うので、一緒に頑張りたいです。

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お気に入り

ペン

石原都知事が使用されていたモンブランのペンを、市長になった際に支援者の方から頂きました。

名刺入れ

仕事柄、名刺の出し入れが多いのですが、市長就任一年がたった頃、ボロボロになった名刺入れを見かねて妻がプレゼントしてくれました。