露の団姫 (つゆのまるこ)
1986年10月17日 静岡県生まれ
落語家
小学生の頃から劇団ひまわりに所属し、テレビや舞台で俳優を経験。愛知県立名古屋南高等学校在学中には名古屋吉本NSCへ通う。高校卒業を機に噺家になるため大阪へ移る。2005年3月7日に露の団四郎に入門。同年8月、大師匠にあたる露の五郎兵衛宅で住み込みでの内弟子修行を始める。天満天神繁昌亭はじめ、テレビ・高座で活躍中。

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幼少~学生時代
幼少のときは、引っ込み思案な性格で他人と関わるのが苦手で、気の許した人のみ明るく振る舞えることができました。当時はスポーツが好きで、卓球や竹馬などをやっていました。また、小学校6年生のときに『劇団ひまわり』に入団し、演劇にも興味を持ちました。将来の夢は消防士や警察官などで、「女だから無理」ではなく、性別を意識しないで憧れていました。

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落語を始めたきっかけ
父も落語が好きなのでその影響もあるかもしれませんが、高校のときに吉本総合芸能学院(通称NSC)に入学し、漫才の勉強を始めました。しかし、自分にはお笑いのセンスが無いことに気づき、流行に乗れる力がないので、修行のつもりで落語家になろうと決心しました。

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印象に残っているエピソード
入門してから女流で、大阪出身ではないので、大阪弁が苦手で、周囲からあまり良い目で見られなかったときがあり、不安な時期が続いていました。そんなとき、大師匠から「お前は絶対にできる」と言われてから自信がつき、目指すは『人間国宝だ』と思うようになりました。「周囲が何と言おうと師匠が良いと言ってくれれば、私は出来る」そう思っていました。
他にも大師匠が亡くなり、ショックで1ヶ月間、仕事が手付かずで、生きがいを無くした時期がありました。しかし、大師匠の言葉を思い出し、恩返ししなくてはと思い、立ち直ることができました。

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覚悟の瞬間
落語は男性のイメージが強いので中性的になろうと思っていて、大師匠に相談したところ、「様々な女流を見てきたが、団姫の一番良いところは色気が無いところが良い。男性が女性を演じるのは歌舞伎だ。お前は宝塚を演じなさい。」と言われ、袴を作って頂きました。それからはお客様に『露の団姫』という落語を見てもらうため、性別を売りにしないで、男の人と同じ土俵で勝負するようになりました。

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今後の目標
名人になることが目標です。また、大師匠が最後に私にやってほしいと言われていたネタをしっかりやる事。そのネタもできるようになり、他のネタもきちんとやる事です。今の若者は気だるい事が格好良いと感じている方がいますが、本当に格好良いのは「一生懸命」だと思います。笑う人が居たとしても、本当に格好良いのは「一生懸命」だと、世の中に見せたいです。

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落語会や大事なネタの時に着用しています。大師匠(露の五郎兵衛)に3年目になって認められた証として
作っていただきました。

かっぱえびせん

「やめられない、とまらない」のコピーがお気に入り。嫌なことがあっても食べたらストレス解消!私はこの仕事を「やめられないんだ」という感じ。