
京都産業大学法学部卒業後、金融機関に入る。5年目にして支店長に就任。以後8年間支店長を歴任し退職。3年の商社勤務を経て建設会社へ転職。「住」を守りたいという思いから退職し、2019年に株式会社OHANA HOUSEを設立。
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この業界に入ってまず知ったのは、工種の多さです。大工だけでなく、屋根屋、左官屋、電気屋、水道屋など細分化されています。これらの工種に携わる職人は、人口の減少とは比べものにならない速さで高齢化が進んでいます。一方で、1日1日老朽化する家々を修繕するには経験と技術が必要となります。新しく建てた家でも住宅ローンが終わるまでには何回かの修繕が必要となってきます。この現状を目の当たりにした時、衣食住の「住」だけは輸入できないことに気付きました。このままでは、特に地方では「住」を守る職人が居なくなる。なんとかしてこの「住」を守らなければいけない。という危機感と使命感に駆られて起業しました。
ご縁をいただいたお客様の想いを形にするという、非常に重みのある仕事であると思っています。これは、弊社に関わってもらえている職人が居てもらえるからこそ成せることでもあり、チーム戦であると考えています。元請け、協力業者の関係が対等であり、全ての者がお客様の方向を向いて、作業ではなく、仕事をする。このことこそ、弊社の強みであると思っています。また、社名のOHANAは家族です。お客様を家族と思い、お客様からも家族として迎えていただける関係が作れるようにという思いで仕事をしています。
ご縁をいただくお客様、目の前のお客様の想いを背負えるかではないかと思っています。紙に描いただけの図面の広さは、想っている空間の広さなんだろうか。こんな雰囲気に仕上げたいと想っているけれど、出来上がりはイメージ通りになるのだとうか。不安を抱えながらも託そうとされる、その想いを背負わなければいけないというのが私の覚悟であります。また、資金調達でハードルのあるお客様もいらっしゃいます。そのお客様に対しても、ご縁をいただくからには必ず道はあると思ってひたすら動きます。受けるからには必ず成し遂げる。これもまた私の覚悟です。
ベクトルは常に自分に向けることができる大人だと思っています。つまり、全ての責任は自分が取るという覚悟が持てるということです。失敗や上手くいかなかった時は、逃げたくも、誰かのせいにしたくもなります。しかし、全責任を負うと言い切ることで、周りはのびのびと前向きに仕事ができ、失敗を恐れなくなります。これが長期的に見れば、強い組織となり、集団となると思います。ひいては、自分が理想を掲げた時に周りに助けられながら実現できるのではないかと考えています。
ご縁をいただいたお客様のために、「在り続ける会社」というのが使命であり、若い職人を育てていくことが目標です。在り続けるということは、会社を大きくすることではなく、筋肉質の経営を続けながら、生き残りをかけていくということです。この使命を果たすために、若い職人を育て、後世へと繋いでいきたいと考えています。
「置かれた場所で咲く」このような言葉がありますが、私はそうは思いません。咲ける場所で咲けば良いと考えています。では、咲ける場所とはどこなのでしょうか?それは、自分らしくいられる会社であったり仕事ではないかと思います。また、自分らしさに必要なことは、やりがいではないかと思っています。このやりがいは、まず一生懸命向き合ってみるということがとても大切です。先入観なく、です。会社に入ってやりたいことではない仕事を任せられることがあるかもしれませんが、先々、それが活かせる時が来ないとも限りません。ですから、まずは一生懸命やってみる。これら全ての経験が自分の後の人生において大きく影響することがあります。

自動巻きの針の動きが好きで、私が成人した記念に購入したものを含め、どれも20年以上愛用しています。

会社を設立した時に贈ってもらったMont Blancのボールペンです。大切な契約や、“ここ”という時に使っています。