
1980年生まれ、愛知県出身。大学卒業後、親の縁で建設会社に入社するも2ヶ月で退職。37歳のときに「とにかく稼いで、恩返ししたい」と独立・起業し、株式会社ミズカミ工藝を設立。打ち合わせ・製作・施工までを一貫して手がける職人として現在に至る。
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「どこも雇ってくれる会社がなく、仕方なく起業した」というのが正直なところです。大学を出たものの資格も技術もなく、親のコネで入った建設会社も2カ月で辞めてしまいました。37歳の時、「とにかく稼ぎたい」と独立したものの、最初はあっという間に資金が底を突くような地獄の日々でした。そんな中、面倒を見てくれていた親方ががんで亡くなり、大量の現場が残されました。右も左も分からない状態でしたが、とにかく頭を下げて先輩方に教えを乞い、必死に勉強して一つひとつの現場を収めました。がむしゃらに目の前の仕事に向き合う中で、本当に多くの方々に助けていただきました。そして、自分の手で作ったものを納め、お客様に喜んでいただいた瞬間の、あの震えるような感動は今でも忘れられません。それが、私が初めて「この仕事には価値がある」と心の底から思えた原体験です。そこから、この道で生きていく腹が決まりました。
選んでくださったお客様には、絶対に「ミズカミに頼んでよかった」と心底思っていただける仕事をしたい。だからこそ、打ち合わせから自社工場での製作、現場での施工まで「一気通貫」の体制にこだわっています。プロとして対価をいただく以上、決して恥ずかしくない、お客様にとっても自分たちにとっても誇れる仕事をしたいと思っております。もちろん、全ての現場に私一人で足を運ぶことはできません。だからこそスタッフには、「現場へはゲストではなく、ホスト(当事者)として行け」と口酸っぱく伝えています。職人たちがただ日当をもらうだけでなく、自らの仕事に誇りを持ち、関わるすべての人に「よかった」と思ってもらえる価値を創造し続けること。それこそが、私の使命だと信じて日々仕事に向き合っています。
私にとっての覚悟とは「全てのリスクと責任を自分で背負い、決して人のせいにしないこと」です。若い頃、私の怠慢でオープン2週間前の老人ホームの進捗が1割にも満たない大失敗をしました。現場は大激怒でしたが、「ここで逃げたら終わりだ」と腹をくくり、言い訳せずに頭を下げて必死にリカバリーに奔走したのです。すると、最初は怒っていた周りの方々が私の姿を見て手を貸してくれ、最終的には元請けさんや協力会社さんが私の「ファン」になってくれました。この経験から「腹をくくって本気でぶつかれば人の心は動かせる」と学びました。失敗しても必死に挽回する人間を否定する人は、そもそもお客様ではありません。仕事の大小に関わらず、これからもすべてを背負う「覚悟」で真摯に挑戦し続けます。
毎日を漫然と生きず、大雑把でもいいので何かしらの目標を設けて生きる人です。そして、自分でやると腹を括って決めたことに対して、絶対に途中で逃げ出さないこと。もちろん、どうしても自分一人でできなければ誰かに頼んだっていいんです。でも、自分の責任は最後まで放棄しない。失敗しても、人のせいにせず自分で泥をかぶってリカバリーする。そうやって一つひとつの挑戦から逃げずにやり切っていくことで、大人としての魅力や器が磨かれていくのだと思います。自分のためにも、まずは挑戦し続ける姿勢がカッコイイ大人の条件ですね。
私にとって仕事は、あくまで人生を謳歌するための手段です。だからこそ、もっと稼いで豊かになりたいという思いがあると同時に、この業界にはびこる長年の「悪しき体質」を本気で変えていきたいと思っております。今の日本で職人は3Kと思われがちですが、本来はヨーロッパの「マイスター」のように尊い仕事です。職人たちには「誇りを持てない仕事なら、なくなってもいい」と強気に言えるほどのプライドを持ってほしいと伝えています。「仕事をやらせてやっている」という横柄な態度をなくし、互いへのリスペクトに基づくイーブンな関係を築いて、業界から「下請け」という言葉をなくしていくこと。そのために、私が率先して職人の魅力を発信し、若者が憧れる世界へと押し上げていきたいと思っております。
目標や夢があるなら、誰かに頼るのではなく「勝手にやれ」と言いたいです。今の時点で未熟でも、何者でもなくて構いません。一度腹をくくって決めたのなら、言い訳をせずに自分でやり抜いてください。誤魔化さずに正直に、情熱のまま自分をぶつけていけば、必ず道は開けます。どんなに小さな仕事であっても、一生懸命に取り組むこと。どうでもいい仕事など、この世に一つもありません。そうやって目の前のことに全力で向き合い続ける中で、たった一つでいいから「これだけは誰にも負けない」と確固たる自信を持てるものを、ぜひ見つけ出してください。

恩師である髙橋木工の髙橋社長からいただいたボールペンです。10年以上前に頂きましたが、今でも大切に保管しております。

家具屋がプロデュースしたボールペン。たまたま手に取ったボールペンが自分と縁があり、大切な場面では必ず使用しているものです。