
第1の人生は京都の化学会社に就職して研究部門、営業、開発を経て50歳過ぎで、子会社2社の社長を歴任して60歳で定年退社。第2の人生は経営コンサルとして学校法人の理事、ベンチャー企業の取締役等で活動した。80歳を過ぎて腎不全を患い透析の世界に入り、死を覚悟して「死ぬまで活きる」を思い立ち第3の人生として会社を設立、創作雑貨を開発してECの店舗で販売を始めた。
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第2の人生の目標をほぼ達成した時に、腎不全の末期で透析を始めなければ生きていけなくなり、透析日が週に3日の4時間、その日はほぼ死人状態で何も出来ず、非透析日のみ普通の生活が出来る状態で、残りの人生が半分となり、死と真正面に向き合うことになりました。この半分の日を自分が好きで得意とする化学で創作雑貨を商品開発して、ECで売って行きたいと考えました。
残りの人生を「死ぬまで活きる」を目標にして行きたいと思ってます。ECでの販売を考えたのは、全てアウトソーシングで出来るからです。何時までも寝たきりにならず、自分の好きなことが出来るよう、頑張って「活きて」行きたいです。
人生の節々や様々な選択をする時に、幾度もリスクを覚悟して決断してきました。しかし80歳を過ぎて腎不全末期となり、死と向かっての覚悟をしなければならない状態に追い込まれた時、今までとは異なった「覚悟」が感じられました。それは何か爽やかな感覚で、死に対する「覚り、悟る」の感覚かと思いました。腎不全になったことが「運悪く」では無く、むしろ非常に「運」よく、「ありがたく」も感じました。
理想の老人像は若者に迷惑をかけないこと、常に感謝の気持ちを持つこと。理想に近付くために必要なことはまずは女房に「ありがとう」が言えること、そして朝起きて活きていることに「ありがとう」と思えるようにすることです。
「死ぬまで活きる」を拡めなければなりません。団塊の世代の人が現在後期高齢者になってきました。
あと4~5年で80歳になられます、この方々がデイサービス、寝たきり、徘徊されると若者の負担が物凄くなりそうです。何としても全ての人が「死ぬまで活きて」もらわないと困りますよ。
人生は「運」で決まります、いくら努力しても「運」が無ければうまくいきません。「運」を呼ぶには常に前向きにものを考えて下さい。例えば「財布に1万円ありました」これをどう考えるか。1万円しかないなのか1万円もあるなのか。前者では「運」が逃げます、後者では「運」が付いてきます。
試してみて下さい。

KOJI YAMANISHIのオリジナルのキャップです。色は数色ありサイドにお気に入りのネクタイピンをつけています。

高齢のため、転倒しないように普段スニーカーを履くようにしています。お気に入りはDIORとGUCCIです。