私のカクゴ

槇眼科医院 院長 槇千里
まきちさと

槇千里

福岡県生まれO型
職業:槇眼科医院 院長
趣味:書道と料理
座右の銘:前世も来世もない。今を生きよう。

川崎医科大学を卒業後、お茶の水井上眼科病院、埼玉医療センター眼科、西葛西井上眼科病院での勤務を経て、明治37年に初代院長の「槇 清太郎」が開業した医療法人孝友会の理事長を2015年に継承。地域に根差した眼科医療を提供している。

オフィシャルサイト

来歴

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なぜ今の仕事に?

幼少期から、ずっと父に付いて行き職場に一緒にいました。父の仕事をなんとなくみて、自然な流れではありますが、そういった環境で育ったからか、自分もいつか皆様の目を治したい、そう志を強く持つようになりました。小学6年生のときには、医師というより、眼科医になり、人の眼を治したいと話していたみたいです。他の職業の選択肢は、正直なかったです。偶然ではなく、現在の仕事をしているのは、必然なのかもしれません。

現在の仕事への想い

何よりも患者様ファースト、スタッフとの打ち合わせも念入りにしています。またその方々に耳を傾けることを常に考えています。当時、父からこのような言葉を貰いましたのを鮮明に覚えています。「やれるやれない。出来る出来ないで人を選んではいけない。誰が欠けてもいけない」統括する立場になったからこそこの言葉の重みと、一人欠けてもきつい。大事にしなければならない。というのを強く感じております。そう振り返ると、槇眼科医院に関係している方々をはじめ、全ての方々へ常に感謝しております。

あなたにとって覚悟とは

父親が他界したのがきっかけで覚悟しました。また槇眼科医院としては、120年余りになりますが、父をはじめとする先代たちの想いを継承することを胸に刻み働いています。私は継承した立場ですので、これまでの歴史、重みは当時ずっしりございましたが、前を向き、継続をしていくことが大切であると考えております。これまで私を支えてくださった方々、全ての方々へ感謝して生きていくことがこれからも大切だと思っております。

カッコイイ大人とは?

具体的に、人で例えると、戦国武将でいうと、真田幸村。そして、徳川家康もですが、あの時代をほとんど人を失わずして、何気に調略で流れを作った豊臣秀吉。また現在を生きる方々であれば、トムクルーズさん、イチローさん、大谷翔平さん、松任谷由実さんONE OK ROCK takaさん。

今後の展望

今の自分に与えられたミッションをこなしながら、新しい風をまた槇眼科へ持ってまいりたい、そう信じて今後も邁進してまいります。新しい風というのは、医療に対しての新しい風のことです。自分は昨日の自分と比べて、チャレンジできているだろうか。うまくいっているだろうか。自分に問いかけながら常に前に進んでいこうと考えております。周りの方々のサポートがあってのことですので、全ての方々に感謝を忘れずに進んでまいります。

若者へのメッセージ

志を持ち、日本をもりたてることができる世代、若い方々はすでにわたくしが若い頃よりもはるかに、十分知識があり、情報をご自身で蓄える能力をお持ちだと実感しております。そして、小学生であっても、今やご自身の意見、意思表示をきちんとお持ちのかたが多い、そんな気がしております。ただし、どんな年代に限らず、道徳、モラルは大切だと思っております。だから、日本に貢献された方々を大切にする人間性であっていただきたい。そもそも日本人は、命の尊さ、人命を軽くは思わない人種です!災害があっても、必死で捜します。そのような想いをこれからも持ち続けていただきたい、そう、、切に願っております。

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お気に入り

書のふで類

紙をみつけると、書いてしまうくらいです。移動の際に持ち歩いております。

ポルトガルのアルペディコのお仕事用シューズ

普段は、スニーカーかヒールですが、仕事では、こちらです。眼科はフットスイッチを踏む機会が多いため、とても足にフィットしていて楽です。