昭和40年 須坂市 生まれ。松本歯科大学卒業後、栃木県の開業医にて小児歯科を学ぶ。その後新生病院の勤務医として口腔外科を学ぶ。 平成8年9月23日に光希歯科医院を開業。平成12年1月23日 医療法人歯徳会 光希歯科医院となる。
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大学は電気工学科に入りましたが、すぐに辞め、そこで高校の担任に歯医者になれと言われていたことを想い出し歯医者を目指しました。高校三年間、細かいことが大好きで、洋服ばかり作っていたので担任が歯医者が向いてる、と言い続けてくれました。その後の同窓会に来てくれた担任に、なんであの時歯医者と言ったのか、と真意を尋ねたら、一番心配だったから、と言われました。いざライセンスを取り、歯医者になったとき本当に楽しかったので、天職だと思いました。
患者様にも楽しんできてほしい、スタッフにも楽しんで仕事してほしい、それに絶対自分が楽しくないと仕事は続かないと思うので、皆で楽しくやっていきたいです。患者様に関しては医院に院内アニメが3000本以上あるので、自分で選んで見ることによって楽しんでもらえればいいな、と思っています。皆にとって”家”のような存在でありたいです。全員が明るいのが一番だと思います。
診療時間が決まっている中でベストは尽くしているのですが、その瞬間瞬間は右と左の選択の中で良い選択を選んで覚悟を決めて仕事をしております。覚悟の瞬間は1分1分あります。日々しんどいことの方が多いので、だからこそ楽しみたいし、仕事は勝負だと思っています。たぶんそういう性分なのですが、逃げたら絶対に後悔すると思います。1分1分ずっと、毎日が覚悟です。習慣ですね。
仕事においても、正しい正しくないではなく、自分がこれだ!と思ったことをやり続けることはかっこいいと思いますし、私自身、そういう生き方をしていきたいと思っています。例えば途中で違ったら軌道修正はするかもしれませんが、一番根底にあるやりたいものをやり続けることは大事だと思います。仕事の中で、小さなことでもいいから、やりたいことを諦めないというを大切にしていきたいです。
子供に楽しんで歯並びを治してもらいたい、というのを一生の課題としております。NeO-Capという24時間高さを変える装置とドイツで出来たBimler(ビムラー)という装置を組み合わせた、NeO-Cap.SystemⓇという矯正システムを私が開発しました。初めは信じてくれない先生の方が多かったのですが、教え子の先生たちにより、多くの症例も出てきたので、今ではあえてこういう風になる、と理屈でいわなくても、患者様の口の中が証明してくれています。日本でまずは広げていき、ゆくゆくは日本だけでなく海外でも広げていきたいと思っております。
苦しいことも多いかもしれないですが、絶対その一瞬一瞬覚悟を決めたことは間違いではないと思って自信をもって生き続けてください。その一つのことだけを極めれば絶対楽しくなるはずなので、そういう生き方をしてほしいです。明日を1日楽しく過ごそうとかそういう小さな夢の積み重ねでもいいと思うので、夢を追いかけて頑張ってください!
この3点セットは必需品です。時間があれば常に触っています。スケジュール管理やメールチェック、映画鑑賞などすべてこれでやってます。
開業してからストレス解消に、と読み始め、今ではやめられなくなりました。