
1962年、鹿児島県生まれ。1986年、鹿児島大学歯学部卒業。同年より同大学助手となり、1998年、講師に就任。1999年、「おく小児矯正歯科」開院。2004年に医療法人化。歯学博士。日本小児歯科学会専門医指導医、日本障害者歯科学会専門医。鹿児島大学歯学部臨床教授。日本小児歯科学会副理事長ならびに鹿児島県歯科医師会常務理事を歴任。開業医として困難な障害者の全身麻酔治療にも向き合い、地域医療に尽力。近年は食の安全や環境問題に警鐘を鳴らし、「半農半歯科医」として無農薬野菜の栽培を実践するなど、命の根本に向き合う活動も展開。著書に『アグロ・ユートピア・ライフ』(幻冬舎)があります。
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私は、「土地はあるけど大学も奨学金で通う」といった、あまり裕福とは言えない家庭で育ちました。そのような環境もあり、しっかり勉強してお金を稼げる仕事に就こうと考えていました。単純ですが、お金持ちになるには医者と思い込み、ずっと医者になろうと思っていたのです。しかし、大学受験の共通一次試験で思った点数を取れず、浪人すると経済的負担になるため、偏差値を2下げて歯学部を受験しました。歯学部の学生時代も、お金が稼げると思っていた矯正歯科医になろうと考えていましたが、進級のための単位と引き換えに入った小児歯科のゼミで出会った恩師に誘われるがまま、大学の小児歯科に残り、小児歯科医になりました。
小児歯科医の道に進むと決断して以来、人一倍の研究と臨床に打ち込み、学位や専門医を取得しました。独立後もむし歯予防管理ソフト「ステファナリシス」の開発や、障害者歯科治療のため自院での全身麻酔システムの構築など、リスクを伴う困難な課題から逃げずに現場第一で向き合ってきました。また、県歯科医師会や日本小児歯科学会での要職を通じ、医療の発展にも尽力しています。歯科医師として食育を推進する中で、目に見えない形で体を蝕む現代の食の危機に直面しました。そこで「命の根本」である安心安全な食を守るため、自ら無農薬・無化学肥料の野菜づくりを開始し、「半農半歯科医」という新しい生き方を体現しています。現在は理事長として、後進が働きやすい環境作りやDX化を推進し、次世代へ医療の魂を繋ぐための基盤作りに全力を注いでいます。
何かを実現するために前に進もうとすると決断しなければならないことが多々あります。無意識のうちに1日35,000回決断していると言われていますが、決断に迷うことも出てきます。決断する時は、うまくいってもいかなくても全て受け止めることがカクゴだと思います。私にとって一番のカクゴは、私生活では父親が脳梗塞から復帰した時、建てたばかりの自宅を2世帯住宅に改築し、親の介護を始めたことでしょうか。仕事では医科的リスクを伴い、また経営的にもマイナス要因である全身麻酔を始めたことです。いずれも、避けてしまいそうな内容でしたが、ただただ突き進みました。前者では妻、後者では先輩歯科麻酔医に背中を押され、そして大きな力になってくれました。
見返りを求めず、スマートな気遣いができる「さりげない優しさ」を持ち、若者にとっての「人生の羅針盤」や「メンター」となるような生き方をしている人です。経営者としては、権力に執着して生涯支配を企むのではなく、次世代のリーダーに潔く職務を委譲できる「大使型」や、引き際をわきまえた「ガバナー型」の事業承継を体現できる大人に惹かれます。 また、杉良太郎氏がボランティア活動をマスコミから売名かと問われた際、「売名行為です。あなたも何十億も出してやってみてください。お金も時間もない人は拍手を」と言い切った姿勢には、涙が出るほど感銘を受けました。批判を恐れず、自分にできる最大限の行動を泥臭く貫く。そんな圧倒的な信念と覚悟を持った人物こそ、真にかっこいい大人だと確信しています。
歯科医師(小児歯科医)としてはやりつくした感があります。欲を言えば、教科書的な書籍を執筆したかったのですが、現在は、歯科関係でなく一般の方に向けた書籍の執筆に関心が変わってきました。アグロユートピアライフでライフシフトの生き方として半農半X、それに経済的自由について記しました。現在、歯科医院の承継中であり、スムーズな承継ができるよう、DX化や勤務環境の改善など対応を行いつつ、承継について書籍として次世代に残していきたいと思っています。さらには、少子化、超高齢化問題についても、安楽死やベーシックインカム等、タブー視されていることも考えていくべきと思い、1980年代にタイムスリップした自分がパラレルワールドで奮闘する物語を執筆中です。
苦言やクレームは嬉しいものではありません。誰もが嫌でしょう。しかし、最初は不愉快でも、そのクレームを「改善のための助言」と、考え方を変え、改善するための方策を探し、実施していくと新たな道が開けます。そして、何か良いことを本気で始めると、必ず助ける人が現れます。そこで出会った人との出会いが人生を創っていくと思います。

2022年から、月に2回、ウクレレ教室に通っています。毎年、市民文化ホールで発表会があり、この2本で演奏しています。パイナップル型のウクレレはハワイで購入したKamakaです。

2025年から月2回、竹細工教室に妻と通っています。毎月、1作品ずつ提出しています。2年目の最初に作成した買い物籠はうまく作れました。