
京都産業大学卒業。新卒で㈱アイシン(旧アイシン精機)に入社、インド赴任を4年間経験。帰国後、KPMGコンサルティング㈱に入社、4年でシニアコンサルタントからシニアマネージャーまで昇格。5年半勤務の後、2025年に独立。現在はこれまで得た知見を活かし、中小企業の活躍を目指して伴走支援を行う。優秀なのに稼げていない国内外のデザイナー・イラストレーターの社会価値を上げる事をビジョンに掲げ、「アート×コンサル」の2軸で活躍中。美術学生にスポットを当てた、美術学生サポート財団の普及活動にも勤しむ。著書に「それでもWinWinなコンサル転職」(セルバ出版)があり、Amazonでカテゴリー1位を獲得。
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高校・大学進学時、音楽学科や音大、調理学科への進学を望んでいましたが、親と、とことん話し合い、普通科を選びました。結果的にそれは正解だったと感じています。音楽の世界には圧倒的な才能を持つ人が数多く存在し、自分には到達できない領域があることを知ったからです。一方で、好きなことに全力で向き合い夢を追う人への憧れは消えませんでした。そんな中で出会ったのが、芸術的才能を持ち夢を追い続ける現在の妻です。彼女に惹かれ、一人のファンとして支える決意をしましたが、出産や育児、海外赴任という出来事が、結果的に私の都合を優先させてしまいました。インド赴任中、その事実と向き合い、償いとして何ができるのかを考え、その方法として彼女や同じ境遇の人たちが働ける会社を作ろうと決意しました。加えて、会社員時代にお世話になった経営者の方々と同じ立場で成長したい。その想いが独立の背景です。
WinWinである事です。口で言うのは簡単ですが、実際にやるのは本当に難しい。調達という部署がそうであるように、自分はスーパーサブであり、超目立つ黒子であると思っています。社内のデザイン部門メンバーにもっともっとスポットライトをあてたい。クライアントの期待値を超える仕事をするのだから、目立つだけでなく、結果に見合う報酬を頂きたいです。日本のデザイナーは肩身が狭すぎると思いますし、海外(私の場合は主にアジア圏を指す)はもっと稼ぐのが難しい環境です。その前提を変えたいです。
妻に対してファンとして再出発すると決めた事です。アイシン時代の取引先であり、今も尊敬する大先輩社長陣に対して、安全地帯(大手企業の調達というポジション)からではなく、同じ経営者という立場だからこそできる恩返しをしたいと決めました。設立して1年ほどですが、本音を聞ける人間関係ができたと思います。これはどれだけ寄り添う気があったとしても、大手企業に所属していたのでは見えない、聞こえない世界です。
子どもよりも子供っぽく生きてられる人です。行ってみたい、食べたみたい、やってみたいという自分勝手が一番の原動力だと思います。子どもに夢を魅せられる、大人になって尚、子供らしさを持っている大人がカッコいいと思います。それを維持する為に、意識的に若い人達とコミュニケーションをとり「私が〇〇な頃は…」という武勇伝を語るオヤジにだけはならない様に、日々気を使っているつもりです。
海外メンバー比率を50%に近づけ、クロスボーダー(国内外のチームワーク連携)で仕事を取る事で、顧客満足度だけでなく、まだデザイナー、イラストレーターの社会的価値が低い国との架け橋となり、その国にデザインの持つ魅力を伝えたいです。つまり、デザイナー、イラストレーターの存在価値を明確に示す事です。コンサルとデザイナーはなぜこんなに給料が違う?ひがんでも仕方がありませんので、アーティストが子供のなりたい夢No1(内藤が理事長を務める「美術学生サポート財団」のミッション)、そんな世の中を皆と一緒に創っていきたいです。
美術大学に通う学生に絞ったメッセージにさせて下さい。自分たちの価値を低く見積もらないでほしいです。私は東大より東京藝大、京大より京芸の方がこれからの未来を変えられる人が多いと思います。大事なのは、言語化能力とコミュニケーション力、習得できないなら、できない事をさっさと認めて誰かに任せるのも1つの選択肢。一人でできることはすごく少ないです。チームで動いてこそ面白い、人生楽しもう。

現場なくしてモノづくりは成り立ちません。ヘルメットは、日々過酷な環境で働く人々の命と安全を守り、現場の信頼と品質を支える、モノづくりに欠かすことのできない重要な保護具です。

小学4年生からの相棒です。今は仕事に集中する為距離をおいていますが、いつかまたしっかり演奏したいと思っています。