私のカクゴ

しみず泌尿器科・内科クリニック 院長 清水弘文
しみずひろふみ

清水弘文

東京都生まれO型
職業:しみず泌尿器科・内科クリニック 院長
趣味:1歳と4歳の娘(チワワ)と遊ぶこと
座右の銘:五省

昭和59年3月東京医科大学卒業。昭和59年5月。東京医科大学泌尿器科学教室入局。平成3年4月医療法人八潮中央総合病院。泌尿器科部長。平成9年4月帝京大学泌尿器科学教室入局。平成14年4月 医療法人明理会 大和病院 泌尿器科部長。平成19年4月同病院 副院長。平成19年9月同病院 院長。平成23年4月医療法人三愛会 三愛会総合病院 院長。令和4年10月医療法人江愛会 しみず泌尿器科・内科クリニック開院。

オフィシャルサイト

来歴

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なぜ今の仕事に?

医師という職業を選んだのはおそらく(はっきりと意識をしたことはないのですが)、やはり11歳の時に目の前で苦しみながら死んでいった母親の影響があるのかなと思っています。高校時代は成績が悪く、安易に文系を選択していたのですが、高校3年生になる直前理系を選択しました。現役で慶応大学工学部に合格、入学手続きは行い入学式も出席したものの、医学部への思いが消えることなく、結果慶応大学は休学して、浪人生活を送りました。一浪の後に東京医大入学、当初卒業後母のこともあり循環器科も考えていましたが、泌尿器科を選択したのは、酒のしがらみです。大学6年生の時、臨床実習で泌尿器科を回っている際に、飲みに連れていかれ決めてしまいました。

現在の仕事への想い

具合が悪くなければ、理由がなければ病院やクリックには来ません。そういった事情を斟酌して利用者様に対応するよう、クリニックスタッフには、事あるごとにお願いをしています。あとは毎日、健康な状態で診療に臨めるように、心掛けています。医師会の仕事ですが、誰かがやらなければならない仕事も多々あり、義務感に駆られて行っています。

あなたにとって覚悟とは

大和病院の院長になり立場が一番上になった時の手術中の予期せぬ大出血。冷や汗が一瞬で出て、背中がびっしょりになったこと、止めようがない足の震え。数回くらい経験しました。患者さんや家族の顔と自分の医者人生の終焉などが頭をよぎりました。幸いなことに、いずれも大事には至らず事なきを得ました。修羅場を何度もくぐったということでしょうか。くぐらなくて済むならそれに越したことはないと思うのですが、オペ場で慌てることはなくなり、今でもそれが診療にも活かされています。

カッコイイ大人とは?

TVで見て思うのですが、感謝の気持ちを表出している人は素敵だなと思います。そしてそのように育てた親や周囲の大人、直に知ることはありませんが、きっとカッコいいです。同じように、職業柄小児に携わることも少なくないのですが、診察とか予防注射の終わりに子供にお礼の挨拶を言わせる親が一割くらいいます。その親御さんはもとより、その後ろにいる親御さんはきっとカッコいいですし、そしてそういう親に育てられた子供はきっとカッコいい大人になると思っています。

今後の展望

長年この地で沢山の癌の患者さんを診てまいりました。多くの方に開業後もクリニックに来ていただいております。癌のオペを行う、治療を行うということは、その方の人生に責を負うこととイコールだと思っています。数人の方ではクリニックで看取りも行いましたし、患者さんと一緒に元気で年を重ねていきたいと思っています。そして、地域の方が健康で日常生活を快適に過ごせる一助となるようなクリニックとして、特に尿に関してのトラブルを解決し、日常生活を快適に過ごせるような医療を提供したいと思っています。また、医師会の仕事を通して、三郷市の地域医療にも貢献しなければならないと思っています。

若者へのメッセージ

働くという字はにんべんに動くと書きます。人のために動くことで、人が喜んでくれる、それが自分の喜びになります。どんな仕事も社会貢献であり、その職業職業に矜持と自負、それに使命感をもって事に仕えて(仕事)ほしいです。そして感謝の気持ちと次代へ繋げるという思いも忘れることなく。

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構成作家 今浪祐介

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プロフリークライマー 尾川智子

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お気に入り

絵(宇宙)

東京藝術大学に在籍中の娘が、高校時代に描いてくれた絵です。三愛会総合病院では院長室に、現在は診察室に飾っています。

トトロのオルゴール

大きなオペの後など、部屋でぐったりしたい時に使って癒されてください、と嫁がくれた品です。やはり三愛会総合病院では院長室に、現在は診察机に置いています。