
リハビリ学校を卒業。新卒で某グループ病院に入社し、多岐にわたる環境で医療・福祉の世界を渡り歩く。その後離島の海士町に移住。行政職からの視点で世の中を見たのちに、離島で2025年に起業。現在は病気やケガを背負った人に向けて“その「あきらめ」を希望にひっくり返す”ため在宅医療を中心に活動中。
| 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 |
島の高齢者が「いつまで島に居れるのだろうか」と悩み不安を抱え、諦めるしかない空気を感じていました。その声を聞く中で、左手の指がない状態で生まれ、"できないこと"に目を向けてしまっていた自分自身の辛い過去の経験と重なったのです。この島のあきらめを希望にひっくり返すために、立ち上がりました。
「こうじゃなきゃダメ」ではなく「これでいいじゃないか」という信念のもと、島や自分自身がいたい場所に残れるような、希望を作っていきたいです。子どもたちから高齢者まで、そして職員自身も“人生を止めない”ということにこだわっていきたいと思っています。
島で起業すると決める時、覚悟を持つまでに最も時間が必要でした。都会と比べて人口も少なく、運営が簡単ではないことはわかっていました。また、都会のように「立ち上がろうが潰れようが誰も気にしない環境」とは違い、立ち上げたからには2~3年で「やっぱり無理でした」と簡単に投げ出すことができない責任の重さが島にはあることもわかっていました。「なんとかなる」ではなくて「なんとかする」ために、10年、20年と事業を残し、やり続ける覚悟が持てるか。自分自身に毎晩問い続けました。
1つのことを徹底的にやり抜き、自分自身の姿勢を通じて誰かに希望を与えている大人がカッコイイと感じます。「やりたいことをやる」という時代の風潮に囚われすぎず、辛くてもやり抜くという意志の強い人に感銘を受けます。その理想に近づくために、日々淡々とやり続けることが必要だと思っています。
私たちは、0歳~100歳以上が“ごちゃ混ぜ”に笑いあえる世界を作りたいと思っています。「できなくたって、できることはある。できなくたって、楽しいことはある。」そんな世界を創り、増やし続けることで、下を向きそうな人が笑顔でいられる空間で溢れさせたいと思っています。
今の時代の風潮である「やりたいことを自由にする」に囚われすぎず、自分自身が“誰のためにやり抜けるか”を考えてほしいと思っています。最後までやり続ける覚悟を持てる総人数(の多さ)が、日本の明るい未来に繋がります。一緒に明るい未来を描いて、希望を作っていきましょう。

起業前から愛用しているPCです。事業がうまくいかない苦しい時期も、常に傍らで支え続けてくれました。これまでの歩みと情熱がすべて詰まった、かけがえのない相棒です。

祖父から成人祝いに贈られた財布を紛失し、深く落ち込んでいた際、両親が「祖父の代わりに」とプレゼントしてくれた財布です。家族の温かい想いと、祖父との絆が宿る大切な宝物です。