
1987年慶應義塾大学経済学部卒業。銀行、物流、玩具メーカー、就職情報サービス会社で人事業務に従事。2010年独立し、就活塾ジョブエール起業。2010年社会構想大学院大学実務家教員養成課程修了。2025年株式会社M&Tラーニング設立。国立大学浜松医科大学医学部生を相手に「論理的思考」の授業を受け持つ。
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代表を務める2社とも私自身の座右の銘である「このやり方が正しいの?」と疑問を持ったことが事業を立ち上げるきっかけとなっています。就活塾ジョブエールでは、大学で教えるキャリア教育や就職支援会社が内定獲得を目的として行うノウハウ指導を見て、「これで良いの?」と疑いました。M&Tラーニングでは、パッケージ教材を売り込み、講師は登壇するだけ、効果検証もろくにしない研修サービスを知って、「これで満足なの?」と訝ったこともあります。いずれも、学生、社員、企業にとって、もっと有益なやり方、違うサービスのあり方を考えて、形にして、「それなら自分でやろう!」と思い立ってビジネスにしてきました。
ビジネスを成功させるには、顧客のニーズをいかにつかみ、マーケティングがどれだけ正しいかが重要だと言われるが、私は自身の信念を貫くことが何より大切になると考えています。仕事における信念とは、「どんな環境でも真面目に一生懸命に仕事に取り組む」「〇〇のために、自分の事業を成功させる」という強い想いを持ち続けることです。儲かるか、稼げるかという我欲を起点に物事を考えるのでなく、たとえ一時的に会社にとって不利益になっても、信念にしたがって行動すれば、きっといつか相手から感謝されたり、周囲から理解や共感を得られたりすることになると思います。
私には実母と義母のダブル介護が端を発して、精神的に患って働けなくなった時期があります。2年ほど家に引きこもって、社会との接点がまったく途絶えました。この時、介護離職(毎年約10万人の社員が家族の介護のため退職している)の辛さや厳しさを味わった。その後、妻の支援もあり、幸い回復できたが、この経験を通じて、仕事が人生の中でどういう意味を持つものか、仕事によってどれだけ多くの人と関係を築けたか(裏返せば、仕事がなければ自己の存在を失う。仕事を失えば社会との接点がなくなり孤立する)改めて認識できました。やはり、就活塾で指導している「働き続ける力」があれば、逆境に陥っても立ち直ることができると思います。
小中学生向けのキャリア教育に参加してからカッコイイ大人の見方が変わりました。それは、中小企業の経営者がブースを設けて、自分の仕事を体験させる課外活動。クリーニング店の店主が洗濯を終えたシャツを透明のビニール袋に機械を使って封入する作業を子どもたちにやらせます。配管工の社長が大掛りな下水管を作って、子どもたちを床下に潜らせて、ボルトを締めさせます。店主の「シワがなく見た目がキレイに封入した方がお客様は喜ぶよ」社長の「ちゃんと器具を変えないと水漏れがしてしまうよ」という説明を皆、目をキラキラさせて聞き入っています。この経験によりカッコイイ大人とは、自分の仕事に誇りを持っている人だと気が付いた瞬間でした。
ジョブエールでは、ここで指導を受けた人たちが今度は自分が指導する側になって、学生に働き続ける価値を伝えてほしいと考えています。M&Tラーニングでは、研修業界のプラットフォーマーの地位を確立して、誰もが講師になれる環境を構築して、リスキリング教育を社会全体で実現したいです。これとは別に私のライフワークとして、静岡に尖った大学(静岡大学と浜松医科大学の統合・再編)を作る目標もあります。尖ったとは、医・工・情報学が融合して、新しい領域の学問や研究を産業界と連携しながら取り組めるだけでなく、ここでは、大人も学び直しのできるリカレント教育や人間力や教養を養うリベラルアーツ教育も盛り込むつもりです。
日米の偉大な起業家、経営者の2人の言葉を引用します。ホンダの創業者本田宗一郎「若いくせに、周囲ばかり気がねして、コセコセとちぢかんで生きている若者が世の中にはたくさんいる。これでは、若者という名の皮をかぶった老人にすぎない」。Appleの創業者スティーブ・ジョブズ「偉大な仕事をするためには、自分が情熱を注ぐことができる仕事を探すことだ。もし見つかっていないのであれば諦めないで探し続けなさい」。これを私流に言うとこうなります。「若者の特権は時間があること。失敗してもいつからでも何度でもやり直せるから、ドンドン挑戦してください」。「偉大な仕事とは財産や名声を得る仕事でなく、自分が情熱を注げる仕事。誰かの役に立っていると実感できる仕事です」。

妻とイタリア旅行で訪れた工房にて、ペアで購入したベネチアングラスです。良いことがあった際には、お気に入りのお酒を注ぎ、「開懐鴨飲」を楽しんでいます。

還暦祝いの際、当時4歳だった孫娘からもらった手作りのプレゼントです。壊れるのが惜しく、現在は部屋に飾って大切にしています。