覚悟の瞬間(とき)

プロテニスプレーヤー クルム伊達 公子
くるむだてきみこ

クルム伊達 公子

京都府生まれB型
職業:プロテニスプレーヤー
趣味:入浴、整理整頓
座右の銘:Challenge!

プロテニスプレーヤー。6歳でテニスをはじめ、園田学園高校3年生のときのインターハイで、シングルス、ダブルス、団体の三冠を達成。卒業後、プロ転向。全豪、全仏、全英でベスト4に入るなど世界のトップで活躍。1995年には自己最高の世界ランキング4位を記録するも、翌年、26歳で現役を引退。引退後は、子供たちを対象にした「伊達公子とテニスであそぼ カモン!キッズテニス」を開催するなど精力的に活動。2001年にはレーシングドライバーのミハエル・クルム氏と結婚。2008年、「新たなる挑戦」を掲げ、11年半のブランクを経て、現役選手としてコートに戻る。現在も世界ツアーをまわる日々を送る。エステティックTBC所属。

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来歴

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幼少期~学生時代

6歳の時に両親がテニスを始めたのをきっかけにテニス歴をスタートしました。とにかくボールを打てることが楽しく、のめり込みました。テニスコートは最高の遊び場でした。高校では、強豪の園田学園女子テニス部で活躍。高校2年の時、プロへの道を目指します。プロになってからはツアーで世界を転々としました。当時の生活には携帯やパソコンもなく、いつも日本に戻りたかったです。アスリートにとって「強い」イメージが必要不可欠であるため、コートを離れても強くいなければならないのは辛いものでしたね。

現在の道へ進んだきっかけ

高校時代に結果を残せたことが、プロへの道を開いていきました。その後1990年全豪オープンでグランドスラム初のベスト16入り、1993年全米オープンベスト8入り、1995年にはWTA世界ランキング4位になりました。26歳で一度引退を決め、2001年にレーサーのミハエル・クルム氏と結婚し、2008年、プロテニスプレイヤー「クルム伊達公子」として現役復帰しました。

覚悟の瞬間

どんな時でもどんなことにも自分に嘘をつかないこと、それが私の覚悟です。12年間テニスから離れていた期間に、自分がどれだけテニスが好きだったかということに気付かされ、心の奥底ではもう一度何かやってみたいと思う自分がいたんですね。再チャレンジを始めたことも、37歳という年齢もありましたが、年齢とは関係なく、やはり自分の気持ちに嘘をつかずに、感じたことをチャレンジするということに突き進んだからこそ今があると思います。

今後の目標

数字や大会などの具体的な目標はありません。しいて言えば、好きなテニスを、自分の身体と相談しながら続け、よりベストな状態で試合にのぞむことです。一日一日が勝負です。いつ何時大きな怪我などをして動けなくなるか分かりませんから。ただテニスへの情熱が途切れることはないでしょうね。現役プレーヤーにこだわっている訳ではありません。現役プレーヤーでなくてもテニスへの情熱はもっていると思うので、その情熱は死ぬまで持ち続けていたいですね。

日本を背負う若者へのメッセージ

夢を追い続ける人がかっこいい大人だと思います。やりたいことが常にあると人間として軸がある、何でもいいので人として一本筋が通った生き方をしている人はかっこいいと思いますね。とにかく臆することなく、何事にもチャレンジしてほしいと思います。何歳からでも人は「チャレンジすること」をスタートできます。

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