覚悟の瞬間(とき)

アーティスト 影山ヒロノブ
かげやまひろのぶ

影山ヒロノブ

大阪府生まれA型
職業:アーティスト
趣味:ハイキング、アコースティックギター
座右の銘:継続は力なり

16歳のときに、バンドLAZYを結成。1977年にプロデビュー。「赤頭巾ちゃんご用心」「DREAMER」などの名曲を残し、LAZY解散後、ソロとして1985年スーパー戦隊シリーズ「電撃戦隊チェンジマン」の主題歌で、アニメ・特撮ソングデビュー。以後、「聖闘士星矢」の主題歌「聖闘士神話~ソルジャードリーム」など、多数のアニメ・特撮ソングを歌う。1989年「ドラゴンボールZ」のオープニング曲「CHA-LA HEAD-CHA-LA」は130万枚のセールスを記録。現在は、アニソン界最強ユニット・JAM Projectのリーダーとして2003年からは毎年世界各地から「ANISON」イベントのオファーを受け、2008年にはついにJAM Projectを率いて日本のアーティストとしては数少ない「ワールドツアー」(世界8か国10都市)、2010年、JAM Project 結成10周年を迎え、武道館2DAYSを含む、国内海外合わせおよそ20か所の公演を敢行。 自身のライフワークとしたアコギライブを積極的に行い、全国津々浦々までその音楽を届けるなど、多岐にわたった活動を続けている。

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来歴

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幼少~学生時代

ギタリスト・高崎晃氏とは、小学校の頃からとても仲が良く、私が音楽の世界に進むきっかけを与えてくれたのも彼でした。小学校6年生の頃に、彼がフォークギターを弾いているのを見て、「タッカンがやるなら、俺もやる。」と言っていましたね。中学に入ってからは、同級生と一緒にロックバンド「LAZY」を結成しました。

アーティストの道へ進んだきっかけ

バンドを結成した当初の担当は、サイドギターでした。ただ、高崎氏は当時から大変ギターが上手く、彼の隣でギターをやっていても自分の人生には芽が出ない、と思ったんですよね(笑)その時に、自分は歌をやっていこうと決心しました。当時、放送されていたー「ハロー・ヤング」に出演したことが、プロデビューをするきっかけです。パフォーマンス後、番組の司会だったムッシュかまやつ氏にお声掛けいただき、高校2年生の夏にプロデビューを果たしました。

覚悟の瞬間

「LAZY」解散後、ソロ活動をするようになった頃の出来事です。移籍先のプロダクションの社長が変わった方で、移籍時に提示された条件は「ライブはできるが、ノーギャラで。」というものでした。いくらでも辞めることはできたかもしれません。しかし、当時の私は少しもその気は起きなかったのです。「どうしても歌いたい」この気持ちは、気付けば驚くほど強く大きなものになっていました。

今後の目標

「アニソン」の文化を絶やさないようにすることが、私の願いです。その中に込められたポジティブなメッセージを音楽を通して伝えられることに、喜びを感じています。アニソンやヒーローが教えてくれた大切なことに、少しでも多くの子どもたちが気付いてほしいですね。

日本のアカルイ未来のために

嬉しいことも辛いことも含め、35年間の音楽人生には本当にいろんな出来事がありました。それでも、「音楽」と出会えて、それを貫けたことを、私は幸せに感じています。皆さんも自分が貫けるモノと一緒に、最高の人生を歩めるよう頑張ってください!

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お気に入り

ネブライザ

高音がでなくなったとき、友人にネブライザを勧められ、以来手放せなくなりました。歌のスケジュールが立て込んでる時は、常に使用していますね。

アコースティックギター

アコギが大好きで、今でも月に2回はライブを行ってます。その中でも特にお気に入りがこのマーチンです。