覚悟の瞬間(とき)

元プロ野球選手 広澤克実
ひろさわかつみ

広澤克実

栃木県生まれB型
職業:元プロ野球選手
趣味:ゴルフ
座右の銘:夢と欲は違う

小山高校から明治大学に進学。在学中の1984年、ロサンゼルスオリンピックに出場し金メダルに貢献。同年、ドラフト1位指名でヤクルトスワローズに入団。 池山隆寛と共に「イケトラ」コンビとして主軸を成した。野村克也の下では、4番打者として活躍。優勝、スワローズの黄金時代に貢献。1995年、FA宣言し読売ジャイアンツに移籍。主に左翼手として出場。 1996年、克己から克に改名し、1999年には克実と2度改名した。2000年、野村克也監督のいる阪神タイガースに移籍。2003年、現役最後の日本シリーズ最終打席で和田毅から本塁打を打つ。スワローズ時代の1992年、1993年、ジャイアンツ時代の1996年、そしてタイガース時代の2003年と、所属した3球団全てでリーグ優勝を経験。同年、現役引退。

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来歴

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幼少~学生時代

幼少時代は、わんぱくでガキ大将的な存在でした。今で言うとジャイアンを良い人にした感じでした。勉強はほどほどにでき、要領もよかったので、心配をかけることは少なかったです。また、その当時は、ウルトラマンが好きで、その影響から友人と金星探しをするなど、星に興味を持ち始めました。ウルトラマンは強いからというよりかは、変身できることに常に憧れを感じていました。他にも王さんや長嶋さんに憧れていた年頃でした。

野球を始めたきっかけ

小学校1年生のときの話です。空き地で上級生が野球をしていて、人数不足のため呼ばれて参加した試合に、相手チームのバッターが打った高く上がったフライボール。当時は天まで高いフライボールに思えたボールを、落としたら絶対に上級生に怒られると思いながら、運よくキャッチし、上級生に褒められたことから野球が好きになり、もっと上手くなりたいと思い始めました。

印象に残っているエピソード

オリンピックに出場し、アメリカ戦でのことです。その当時、試合がドジャー・スタジアムで行われたのですが、応援席がほとんどアメリカ側の応援で、しかも有名な選手ばかりで勝てるはずのない試合。足で踏みつけられるような感じがしました。その中で、逆転ホームランを打ったときの、静けさと、5万人のブーイングの雨で恐怖を感じました。日本が勝って試合が終了したときには、嫌がらせやブーイングをされると思ったのですが、アメリカの応援席では皆立って、日本にもいい試合だったと拍手をしていたことに大変驚きました。

覚悟の瞬間

覚悟の瞬間はまだ訪れていないです。もしくは今後も無いのかもしれません。今はむしろ、その瞬間を待ち望んでいます。もっと悩んだり、考え方が右へ行ったり左へ行ったり、誰かに相談してみたりと、覚悟という判断の元に決断していきたいと思っています。これまで、あまり考えて行動をせず、何となく歩んできた人生でしたが、後悔はたくさんしてきました。ですから次に訪れる瞬間はじっくり考えて、正しいと思えるような覚悟にしたいと思っています。

今後の目標

様々なことに対して覚悟を決めて取り組んでいく事と、その覚悟にあった準備をする事です。例えば、再度ユニフォームを着るとします。着るにしてもどのチームのユニフォームがいいか、どこのポディションがいいのか、プロセスをよく考え、どんなに小さな覚悟でも一つ一つ大事にしていきたいです。そして、振り返ったときに後悔のないように、良い覚悟をしたなと思えるような事をしたいと思っております。

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お気に入り

数珠

96年に購入しました。高野山で祈祷して頂いた高価な物。自分以外の人に触られないようにと言われています。

腕時計

3年前に自分で購入しました。あまり時計にこだわりはありませんが、この時計は現在使い続けています。