覚悟の瞬間(とき)

バレーボール元日本代表・タレント 川合俊一
かわいしゅんいち

川合俊一

山梨県生まれA型
職業:バレーボール元日本代表・タレント
趣味:株式、美術館めぐり
座右の銘:面白いと思ったことを追求してみる

日本体育大学卒業。富士フィルム入社。日本男子バレーボール界をリードする。大学時代から全日本入りし、後に全日本の主将を 務める。 ロサンゼルス・ソウル五輪に連続出場。その後、日本人初のプロビーチバレーボール選手として世界各地のツアーに参戦。現在は、タレント、日本ビーチバレー連盟会長・株式会社ケイブロス代表取締役と幅広く活躍中。

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来歴

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幼少~学生時代

家の後ろには、山があり、少し歩くと海があるような環境で育ちました。活発的ではなく、大人しい子供でしたが、毎日のように山に行っては虫を採って遊んでいました。まったくスポーツにも興味がなく、体を動かすコトが面倒くさい子供でしたからテレビのリモコンが発売された時は衝撃的でした(笑) 中学時代は、1年に3日しか休みがなく毎日バレーの練習でした。やる気がなかった私は、ずっと玉拾いでした。序々にバレーボールに対する姿勢が変わり、中学3年生の新人戦ぐらいからレギュラーかどうかの微妙なポジションにいました。周りが凄い選手ばかりでしたので、一歩外に出れば上手い選手になっていました。そして、9校の高校から推薦がきました。求められる存在になっていたことが嬉しくもあり、大学付属高校への憧れもありました。ただ、遊びたいという気持ちもあったので都心に近い明大中野に進学しました(笑) 親父が積極的だったからバレーボールを続けられたのだと思います。中学から高校までの6年間、毎日夜9時くらいから2時間親父がスポーツ論を語ってくれるのです。仕事で疲れているはずなのに一生懸命話してくれる親父に『バレーボールを辞める。』なんて言えませんでした。毎日、牛乳を飲み、おやつは煮干やちりめんじゃこ。6年間つま先歩きで生活していたおかげで背がドンドン伸びました。練習を休んだことは一日もありませんでした。

バレーボールを始めたきっかけ

新潟から羽田近くに引越したのですが、そこの中学のバレーが強かったんです。僕自身は、スポーツに興味が全くなかったのですが、『中学入ったらスポーツをやれ!』と親父に言われました。実は、新潟から引っ越した理由が親父の上司でした。22年間無遅刻・無欠勤だった親父だったのですが、入院1ヶ月で役職が下がったらしいのです。そこでサラリーマンを辞めて、独立して上司を見返してやるつもりだったのですが、経営が大変だったらしく、『息子をオリンピック選手にしよう!』と思ったそうです。その地元で一番強いスポーツがバレーだったという理由です。つまり僕は、親父が上司を見返す駒だったのでしょう(笑)今では親父の上司の方にも感謝しています。

印象に残っているエピソード

中学の頃、女子バレー部に回されたことがあります。クラスメイトに女子バレー部で練習している姿を見られるのが恥ずかしくて、一生懸命練習しました。それがきっかけで一生懸命やることを覚えました。ただ、『レギュラーになってやる!』という一生懸命ではなく、『女子バレー部に戻されたくない』という一生懸命でした(笑) もうひとつは、毎日練習終わりにバスケットボードにジャンプしていた時の事。初めはもちろん届かなかったのですが、ある日、『パチン!』っていう手が当たった音が聞こえた気がしました。次の日に『触れるのではないかな』と思ってジャンプしたら触れることができました。不可能だと思っていたら出来ないのですが、可能だと思えば出来たのです。それから『可能だと思えば出切るのではないか?』と思って必死に練習してレギュラーを目指しました。

覚悟の瞬間

2008年の北京オリンピックで朝日・白鳥ペアのオランダ戦を見た瞬間でした。日本男子の五輪初勝利をあげた瞬間だったのですが、凄く白熱して僕も必死に応援していました。そして、勝った瞬間に『俺も海外の選手に勝つためにずっと必死にやっていた!人気者になる為にバレーをやっていた訳じゃなかった。』と思いました。これまで、ビーチバレーを盛り上げるために、【マスコミの注目をいかに集めるか】という視点だったのですが、それからは、【ビーチバレーをいかに強化するか】という視点にシフトをチェンジしました

今後の目標

現在、僕はバレーボールではマーケティング、ビーチバレーでは連盟会長を任せてもらっています。任されたことは一生懸命やろうと思っています。ビーチバレーの目標としては、更なる強化です。そのためには普及活動も必要です。バレーボールからビーチバレーの転身でも5年くらい時間が必要です。だから中学生や高校生からビーチバレーができる環境をつくっていく必要があります。平塚市には、ビーチバレーコートや施設をつくれましたが、もっと日本全国に常設コートを作っていきたいです。そして競技人口を増やしていき、多くの大会を開催したいと思っています。

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写真家 ハービー・山口

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演出家 テリー伊藤

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お気に入り

サングラス

5年くらい前に購入しました。サイズが大きいので気に入りました。なかなか顔のサイズと合うサングラスが無いので、サイズがあったサングラスがあったら必ず買うようにしています。

帽子

後輩がデザイナーなので、オーダーで大きなサイズを作ってくれました。デザインが豊富で、サーフブランドなのでビーチバレーに似合うので気に入っています。