覚悟の瞬間(とき)

元サッカー日本代表 ラモス瑠偉
らもするい

ラモス瑠偉

生まれO型
職業:元サッカー日本代表
趣味:カラオケ
座右の銘:全てのものがやがて報われ全てのものがいつか救われる

ブラジル出身の日本の元サッカー選手。サッカー指導者。元Jリーグ監督。現在は日本サッカー協会傘下にあるビーチサッカー日本代表監督。ブラジル名は愛称の「カリオカ」は「リオっ子」という意味で出身地に由来する。

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来歴

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幼少~学生時代

ブラジルは、リオデジャネイロで生まれ育ちました。子どもの頃は、サッカーをしているのが当たり前で、逆にサッカーをしない子どもは仲間はずれにされていましたね。その頃の夢は、ブラジルのプロ選手になって親孝行をすることでした。日本でプレーをすることなど、夢にも思っていませんでしたね。

サッカー日本代表の道へ進んだきっかけ

日本に来ることになったのは、与那城ジョージ氏のスカウトがきっかけでした。「日本に行ってプレーすることで、親孝行ができるんじゃないか?」という彼のアドバイスを受けて、日本へ渡ることを決意。しかしながら、実際に日本でプレーをするようになってからの、国内のサッカー事情には驚きを隠せませんでした。直後は、「ブラジルに帰りたい」といつも思っていましたね。

覚悟の瞬間

来日してしばらくしてからも、日本に帰化するつもりは毛頭ありませんでした。ですから、読売クラブのコーチから帰化を勧められた時には正直困惑しましたね。当時の私の夢は、ブラジルに帰ってプロサッカー選手として活躍をすることでしたので。ただ、一人娘で家族思いだった妻をブラジルに連れて行くことは、私にはできませんでした。自分の夢はたくさんあってもいいですが、妻は一人だけだ。そう思い、日本に帰化する決断をしました。

今後の目標

日本代表の監督になることが目標です。夢や目標がない、あってもそれに向かって行動ができていない人がたくさんいます。血や汗、時に涙も流さなければ、夢は実現できません。成功させたいという強い気持ちが、最も人を支えるのだと思っています。生まれ変わっても、また来日して、帰化をして、仲間とともにワールドカップへ出場したいです。そして、妻とまた出会って、同じ子どもが生まれて・・・。それが私の、次の世界での夢ですね。

日本のアカルイ未来のために

世の中にはいろんなことがありますが、恐れることはありません。ブレないでまっすぐ歩いてほしいですし、親孝行もしてほしい。ただ、どんな時でも必死さを忘れてはいけないと思っています。一生懸命、ブレないで、どんなことでも叶えていける人になってください。

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コンディショニングコーチ 立花龍司

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中部大学 教授 武田邦彦

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編集者 見城徹

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1999年8月23日、国立競技場にて行われた引退試合の記念ボールです。引退試合ではいろいろな人に駆けつけてもらい、とても良い思い出となっています。