NPO法人チャレンジドサポートプロジェクト 理事長 北村奨
きたむらすすむ

北村奨

秋田県生まれA型
職業:NPO法人チャレンジドサポートプロジェクト 理事長
趣味:息子との高速道路ドライブ、読書
座右の銘:変えられるものを変える勇気を!

1990年東京薬科大学卒業。1990年製薬会社日本チバガイギー株式会社(現ノバルティスファーマ株式会社)入社。2009年神奈川県立高津養護学校おやじの会設立(初代会長)。2013年NPO法人チャレンジドサポートプロジェクト設立。2015年製薬会社アッヴィ合同会社入社。2020年製薬会社サノフィ株式会社入社(執行役員)。

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来歴

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なぜ今の仕事に?

私の息子は知的障がいを伴う重度の自閉症(2021年9月現在、23歳)です。息子が神奈川県立高津養護学校小学部に通っているとき、お父さん達とのつながりを求めて「高津養護学校おやじの会」を立ちあげました。そこでは多くのお父さんたちが、私と同じように自分の息子、娘の現在そして将来に大きな不安を抱え、それを家族以外の方々に共有さえできてないということを知りました。福祉の素人だったおやじたちと一緒に勉強を進めているうちに、障がい者グループホームが知的障がい者の人生において非常に重要であるということ、そしてその数が日本全国、特に都市部で圧倒的に足りていないことに気づきました。「これはすぐにでもなんとかしないといけない」「もしかして私達のような福祉の世界を知らない普通のサラリーマンだからこそ、これまでの福祉の流れを変えられるかもしれない」と考えました。その当時、私は外資系製薬会社に勤めていましたが、高津養護学校おやじの会の仲間たちとグループホームを運営をしようと決め、2013年「NPO法人チャレンジドサポートプロジェクト」を立ち上げました。

現在の仕事への想い

自分の住まいを決めるとき、複数の選択肢の中から、間取りや環境、予算などを考慮して「選び」ますよね?「こんな間取りに住みたい」「このエリアに住みたい」と。知的障がいの方々もその気持ちは同じです。彼らにとっても、住まいは「生活の、そして人生の拠点」なのです。圧倒的にグループホームの数が少ないため、グループホームで自立した生活をしたいと思ってもなかなか見つからない現状です(10年待っている方々は多くいます)。とても残念ですよね。私が提供したいのは知的障がいの方々が住む場所をご自身で「選べる」環境をつくりたいということです。一方で、障がい者に対する理解は、障害者差別解消法ができても十分とはいえません。しかし、我々は諦めません。「神よ、変えられないものを受け容れる心の静けさと変えられるものを変える勇気とその両者を見分ける英知をお与えください(ラインホルド・ニーバー)」。息子らが障がい者であることは変えられない。でも彼らの周りは変えられる。私はそう信じています。法人名に「Project」とつけたのにも訳があります。Projectは一般的にその目的や問題が解決されればその役割を終えます。この世の中で障がい者全員が自分の生き方を選び、のびのび生きていける、そんな世の中が来ればも我々の法人は解散してもよいとさえ思っています。その「幸せな終わり」を見据えて法人名としたわけです。

あなたにとって覚悟とは

私の息子は「自閉症」として生まれました。当時、私は息子の障がいや息子自身を受け入れられず、家族はバラバラ。しかし、多くの方々のサポートがあって、それを乗り越えることができました。NPO法人の始まりは、グループホームを通じて息子やその仲間たちの生活や自立を支え将来を変えることでしたが、今となっては彼らに支えられ「背中を押されている」「応援されている」と感じる毎日です。お世辞にもサラリーマンとしてぱっとしなかった私が、息子によって「パパ、これやってください」と人生の大きな目的を与えられた感じです。時々感じます。息子はもしかして、私にこの活動をさせるために、自ら障がいという重い荷物を背負って生まれてきたのではないか?と。もしそうであれば、私はこの歩みを決して止めるわけにはいきません。これが父親としての、そして経営者としての私の覚悟です。人生は短い。50代の私がこの後活動できるのはせいぜい長くても20年でしょう。残された時間で精一杯走り続けます。

カッコイイ大人とは?

目標にコミットし、それをあきらめずにやり続ける人ですね。それが例え壮大な目標であったとしても、あきらめずにやり続ければ必ずや「何らかの」ゴールにたどり着けると思います。それは想定したゴールでなかったとしても、自分が納得するゴールには到達すると信じています。また、自分のためではなく「なにか」や「誰か」のために自分を捧げられる人、それでいて、決しておごらず、人の話をよく聞き、人の気持ちを汲み取れる方は素敵だと思います。これまでの50年余りの人生で出会ったたくさんの先輩たちや仲間たちからそれを学びました。

今後の展望

一点目は、全国的、特に都市部でのグループホームの数を増やすために、まず運営する仲間たちを増やします。これまで9年間で当法人が経験してきたことや、グループホーム運営のコツと経営のポイントをセミナーなどで共有することで、障がいのお子さんを持つ親御さんや社会貢献をしたいと考えている方々で、グループホーム運営に興味のある方々の力になりたいと思っています。二点目が、特別支援学校を卒業した子供たちが通えるカレッジの設立も計画しています。現在、特別支援学校を卒業した多くの高校生がすぐに福祉的就労などで就職をする現状ですが、多くの方々が数年程度で躓きを感じ、最悪の場合就労先を退職する状況です。そもそも障がいのある子供たちはそれまで健常児よりも「ゆっくり」育てられており、就職のときだけ健常児よりも「急いで」就職するのは彼らの障害特性を考えても理屈に合いません。我々は特別支援学校高等部を卒業した子供たちが就職前に「働くこと」、「生活」、「人生」について考え、社会生活を「ゆっくり」「しっかり」学べる場を作っていきたいと考えています。三点目は、職員の給与アップを考えています。一般的に、福祉の領域で働く方々の給与は公務員や一般企業で働く方々よりも少なく、優秀な人材が長く勤めることが難しい状況です。当法人では、グループホーム事業を効率よく進めること、またそれ以外の事業も拡大することで十分な利益を生み出し、職員給与を公務員並みにしていきたいと考えています。

若者へのメッセージ

私は現在、外資系製薬会社サノフィ株式会社で執行役員としても勤務しています。いわゆる「二足の草鞋(わらじ)」です。NPO法人を設立した当初は、別の外資系製薬会社で部下なしのマネージャーでした。一方、NPO法人では理事長として、法人のビジョンや事業計画をつくり、関係者とネットワークを築き、ヒト、モノ、カネをマネージするようになりました。これは偶然かもしれませんが、NPO法人の事業拡大に伴い、もう一方の職場である製薬会社での職責も広がっていきました。このように二足の草鞋は、職場での気づきがもう一方の職場でも活用できること、たとえ職場でうまくいかないことがあってもう一方でうまくいけば全体としてモチベーションを高く保ち続けることができるなどの大きなメリットがあると実感しています。特に、仕事以外に人生のコミットメントがある場合には躊躇なく、二足の草鞋を履かれることをお勧めします。また「障がいをもつ子供の親御さんたちがグループホームを運営するときに、いま勤めている会社を辞めなくてもいい」と思っていただけるように、私は今後も二足の草鞋を率先してやっていきたと思います。あなたがいま働いている会社も、会社にただ忠誠を誓うような人材よりも、二足の草鞋をはいて社外の違う価値を会社にもたらしてきてくれる方を重宝すると思いますよ。人生は短い!どうぞ私と一緒にやりましょう!

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お気に入り

手作りの皿

息子が神奈川県立高津養護学校時代に作った皿です。ごつごつした彼らしい作風で、とても存在感のあるところが気に入っています。ほぼ毎日、刺身や焼き魚などで食卓に登場しています。

腕時計(HUBLOT)

HUBLOTが知的障がい者施設とコラボをしていることを知り、購入しました。また、このモデルは前職の同僚とお揃いであり、それもお気に入りの理由のひとつです。彼も障がいの家族を持って苦労を重ねてきた方で、その話を聞いた時には号泣したことを覚えています。