三ノ輪歯科 院長 大澤正夫
おおさわまさお

大澤正夫

埼玉県生まれA型
職業:三ノ輪歯科 院長
趣味:料理、音楽、スキー
座右の銘:人間万事塞翁が馬

徳島大学歯学部卒業。高卒後アルバイトを含め12業種を経験。34歳の時に国立大学医学部を第一志望に掲げ受験するも失敗、”滑り止め”の歯学部へ。卒業後2年間の修業を経て1997年に開業。

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来歴

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なぜ今の仕事に?

10歳で父親が逝ってしまい、母子家庭で育った私に圧し掛かる母の期待は相当なものでした。再婚で嫁いだ母が私を生んだのは38歳、10年後の48歳には未亡人となって女手一つで幼子2人(姉と私)を育てて行かなくてはいけないようになってしまいました。そんな母の後姿を見て育った私が「早く母を楽に…」と思うのは必然でした。18歳の時に夢みた救急救命医への道は実力が伴わず、一旦は諦め社会に出ましたが「それでもいつかは…」と虎視眈々と医学部受験のチャンスを窺っていました。(コツコツと受験勉強…ではなく専ら本屋の『受験生コーナー』に立ち寄っての情報収集)その頃「あぁ、こんな女と結婚したい…」と思うような女性が現れました。しかし、父親は某大学歯学部教授でした。悩みましたね。何とか打開策を…と相談したのが、彼女が通う茶道教室の師範でした。「あなたねぇ お家柄が違うでしょ」この一言で火がつきましたね。「あっそ、なってやろうじゃないのオレも歯科大教授」優柔不断な私の”やる気スイッチ”を入れてくれたインパクトのある一言でした。

現在の仕事への想い

あらゆる歯科治療のうちで最も難しいものは、ウデに覚えのある歯科医なら口を揃えて「それはエンドです」と言うと思います。エンドとはエンドドンティックス(endodontics)の略で日本語では根管治療、我々歯科医は通常エンドと呼んでいます。全ての治療の礎となる治療で、これがいい加減なものであればそれ以降の治療は全く意味を成しません。しかし、エンドが一筋縄ではいかないのは歯根(特に歯根先端部)の形態の複雑さに加え歯根深く忍び込んだ口腔内細菌という(顕微鏡レベルでしか)見えない敵を相手にしているからであり、そしてその治療には研ぎ澄まされた集中力と指先の絶妙なコントロールが要求されるのです。エンドには「抜髄からの根管治療」と「感染根管治療」があります。「抜髄からの根管治療」は、虫歯が大きくなって神経を取らざるを得なくなり「抜髄」を行うもので、「感染根管治療」は、一度行ったエンドが首尾よく行かずに再び行うものなので、一度目のエンドがきちんと出来ていれば、やる必要のないものです。我々が日々行っているエンドのうち8割方が「感染根管治療である」という事実は『不良治療が再治療を生み出している』ことを意味しています。言い換えれば『業界内で原因を作り業界内で解決をしている』ということになります。

あなたにとって覚悟とは

退路を断って挑戦することが「覚悟を決める」ことでしたら私の場合は1988年(昭和62年)をおいてはありません。受験を決意したものの、既に34歳、72歳の母を説得するのは大変でした。「いつまでも叶わぬ夢を追いかけるもんじゃない、母ちゃんはもうとっくに諦めているんだよ」父亡き後、必死に家族を支えてきた母を裏切り続けてきた自分を恥じないわけには行きませんでした。しかし、本気で受験勉強に対峙するという、もう後へは退けない気持ちとともにどうしても『生活のために仕事をする』ことはもう限界に来ていました。『やはりこんな生き方は違う…人生を賭けてまでやるものが仕事だよな』そしてもう一つ、覚悟を決めた瞬間があるとすれば、歯科医になってから数年後です。「人並み程度の能力しか持ち合わせてはいない自分はどんな歯科医になるべきなのか?」と自問する中、「記憶に残る歯科医師になろう」と明確な方向性を志向し始めたことでした。他の歯科医とは一味も二味も違う歯科医であり、『おっ こんな歯医者って居たんだねぇ』『お前みたいな歯科医を探していたんだよ』と思われるよう、日々奮闘しています。

カッコイイ大人とは?

となりの芝生は青く見えるものですが、やはり自分に持っていないものを持っている人、自分にはできない生き方のできる人というのはカッコイイですね。伊藤輝慶(いとうてるよし)…忘れようとして忘れられない名前です。彼は「相手の話にじっくりと耳を傾ける」「他人の批判をしない」「愚痴を言わない」「いつも笑顔を絶やさない」「何にでも全力投球」私にはとても出来ません。彼はすでに故人となっています、46歳で自殺でした。強すぎたんです。決して弱みを見せないヤツでしたから。困った時、岐路に差し掛かった時には『伊藤君だったらどうするだろうか?』と今でも考えます。出会ってから45年、逝ってしまってから20年経っても、彼は私のヒーローなんです。

今後の展望

ひとりでも多くの ”噛めない” 悩みを抱えた患者と出会いたいですね。歯科医院といえども経営を抜きにしては考えられません。売上というものは大いなる励みとなります。私が休診することなく働くのを見て、口さがない連中は「そんなに金貯めてどーすんの?」などと言いますが、追っかけているのはお金じゃないんですよ、数字なんです。数字が伸びれば、必然的にお金も従ってきてしまうものです。目標は、下町の歯科医師のままで人生を全うすることですね。亡くなるその瞬間まで仕事をやっていたいですね。そして苦しむことなく…そうですねぇ…朝起きることなくそのまま逝きたいですね。

若者へのメッセージ

ただ、もっと多くの子供たちに歯科医師になって欲しいですね。私が受験してから25年、今では受験は『落とすための試験から受からせてあげるための試験』となり私立大学歯学部に至っては 数年前には定員割れを起こすほど深刻な少子化の時代となりました。そして歯科大学が打った対策は1大学に複数回の入学試験がある「受験機会の拡大」や、英語+数学(or物理、化学、生物)+面接+論文という「少ない受験科目」、また半額の2000万で卒業ができる「授業料半額」、銀行の融資は在学中無利子、返済は卒業後になる「授業料貸付」、また現在は「特待生制度の充実」により授業料減免制度のない大学はありません。また、日本学生支援機構(旧、日本育英会)の奨学金はかつての比ではありません。最大で月額16万借りることが可能なのです。16万ですよ!!!「歯学部はメチャクチャ金がかかる」と思っている方は数多くいますが腹さえくくれば受験生本人の力だけで卒業することは可能なのです。「歯学部は難しい・・・」それは国立大学だけです。はっきり言って私立大学歯学部は穴場です。とりわけ簡単なのは、創立されたのが昭和40年代後半、と比較的歴史の浅い大学です。国家試験に合格すれば「どこの大学を卒業したのか」などは関係なし、実力勝負の職人の世界です。少しでも我々の仕事に興味があったら是非見学に来てみて欲しいですね。

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お気に入り

茶色の皮革カバン

親友の伊藤君から私の開業祝として頂いたカバンです。20年以上の時を経た今でも彼の一挙手一投足が脳裏から離れることはありません。このカバンを見る度に「人徳って何だい?」との私の問いかけにしばし沈黙した後「何事も一生懸命やることだよ」と答えた彼の笑顔が思いだされるんです。

対流型石油ストーブ

20歳の時に出会った親友の内科医である尾崎から譲り受けた(彼の)引っ越し時の置き土産です。冬が来る度に、部屋全体のみならず私の心も暖めてくれました。何度も芯を交換して、数年前まで使っていました。