
福岡県出身。幼い頃から看護師を志し、看護系の高校へ進学。18歳から病院に勤務し、29歳で働きながら夜間の看護専門学校に入学。32歳で卒業後、夜間託児所を自ら立ち上げた。その後、2020年、コロナ禍に訪問看護事業で独立。2024年にアンドYOU株式会社を設立した。現在は精神科に特化した訪問看護を軸に、福岡県筑後市と北九州市で訪問看護ステーションを運営するほか、がん患者のリンパ浮腫ケアサロンや、アピアランスケアを含むアートメイクも手がける。国や行政、議員と連携して現場の声を制度づくりに届ける活動や、執筆、講演活動にも取り組んでいる。
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小学校の卒業アルバムに書いた将来の夢は、「看護師」でした。身近に看護師がいたわけではありません。年の離れたきょうだいがいて、幼い頃から下の子の世話をしていました。下の子の世話をする中で、親から「ありがとう」と言ってもらえることが嬉しかった。今思えば、人の役に立つ喜びを知ったことが、看護師を志す原点だったのかもしれません。精神科に特化した訪問看護を選んだのは、私自身が約4年間、鍵のかかる精神科の病棟ですごした経験があるからです。社会から切り離され、人の手を借りなければ生きられなかったあの時、関わってくれた人たちがいなければ、今の私はいません。生きづらさを抱える人の気持ちがわかる。それが私の一番の強みです。だからこそ、生きづらさを抱える人の苦しみに寄り添い、その人らしく生きるための力になりたい。かつて支えてもらった私だからこそ、今度は誰かを支える側でありたい。それが、今の仕事を選んだ理由です。
こだわっているのは、一人ひとりの命です。無駄な命は、ひとつもありません。だから「誰一人取り残さない」と決めています。地域で暮らしたいと願う方がいれば、どうにかその希望を叶えたいと思っています。スタッフもまた、一人ひとりが想いを持って、この仕事に向き合っています。大変な仕事だからこそ、仲間と支え合いながら、目の前の命を守ることに、全力で、取り組んでいます。私たちが目指すのは、自殺者ゼロの社会です。決して簡単な目標ではありません。それでも、目の前の一人を大切にすることから、仲間と本気で実現を目指しています。つらさの中にいる人には「今が一番辛いのはわかる。だけど、ほんの少し先の未来を信じてほしい」と伝えます。私自身、苦しい時期を越えてきたからこそ、今が一番幸せだと言えます。だからこそ、今は想像できなくても、その先に幸せを感じられる未来があることを伝え続けたいと思っています。
一人目の子供を産んだあと、死産や流産が続きました。当たり前にできると思っていたことが、なぜ私にはできないのか。女性としても人間としても欠けていると、自分を責め続けました。その後、命を授かりましたが、無事に産めるかもわからない不安な日々を一人で乗り越え、無事に生まれた瞬間、「この子たちを守って、私がしっかり生きていく」と覚悟が決まりました。それまでの私は「自分には居場所がない」と思っていましたが、あの日、あの瞬間から、「私が居場所をつくる」と決めました。家では子どもたちの、社会ではみんなの居場所を。それが今の仕事の原点です。私にとって覚悟とは、何があっても自分の人生を諦めず、大切な命を守るために、自分にできることを行動に移し続けることです。
挑戦し続けている人です。子どもにとって一番身近な大人は親だからこそ、子育て中も、大人として、母親として、挑戦し続ける背中を見せることを大切にしてきました。そして私が心から尊敬しているのが、母です。大工仕事も料理も何でもこなし、寝る間もなく働きながら、毎日手作りのお弁当を持たせてくれました。自分の道を歩むなら、その結果も自分で引き受ける。母はその姿勢を言葉だけではなく、行動で教えてくれました。高校で家を飛び出した私に「自分の意思を通すなら、自分で責任を取る生き方をしなさい」と、学費も生活費も出しませんでした。厳しい言葉の裏にあったのは、自分の人生を自分で生きることへの教えだったのだと思います。また、拒食症になったときも、入院中、食事がまったく喉を通らなかった私が唯一食べられたのは、母のお弁当でした。強さと深い愛情を併せ持つ母は、どれだけ頑張っても超えられない、憧れの女性です。
目指すのは「生きづらさを感じている人が、生きやすい社会」です。あえて「誰もが生きやすい社会」とは言いません。「誰もが」と言った瞬間、多数派の“普通”が基準になり、生きづらさを抱える人がこぼれ落ちてしまうからです。何を生きづらいと感じるかは人の数だけあり、寄り添い方も人の数だけあります。だからこそ、一人ひとりに合った支援を届けられる仕組みをつくりたい。そして、現場で見えている課題を国や行政、議員の方々に届け、社会の仕組みを変えることにもつなげていきたいと考えています。私自身の夢は、自分の言葉で誰かを勇気づけることです。本の執筆にも挑戦し、言葉で伝えることの難しさを痛感しました。それでも、講演や出版を通じて、一人でも多くの人に希望を届けたい。そして、採算が合わなくても、手を伸ばすべき人に支援を届けたい。講演でいただいた対価も、そうした支援に充てていくつもりです。
スタッフの誕生日には必ず「生まれてきてくれてありがとう」「出会ってくれてありがとう」と伝えています。生まれてくることは当たり前ではなく、奇跡だからです。つらいことが重なると「もう消えたい」と思う日もあるでしょう。私自身、苦しい時期を経験してきたからこそ、その言葉の奥にあるつらさを想像できます。それでも、奇跡として生まれてきたあなたの命を、どうか大切にしてください。その大切な命で、あなたは何に挑戦しますか。挑戦は大きな一歩でなくてもいい。立ち止まる日があってもいい。自分のペースで踏み出した一歩が、いつか次の一歩につながります。その挑戦が誰かの役に立ち、夢につながれば、社会を変える力になります。社会は、一人ひとりの小さな力が集まって変わっていくのです。あなたの命には、あなたにしか生み出せない価値があります。一緒に顔晴りましょう!

自分の人生において、つらいときや行き詰まったときに背中を押してくれる存在です。手に取るたびに、あのとき覚悟を決めた決意の瞬間を思い出させてくれ、再び前を向いて歩き出す勇気を与えてくれます。

過去のどん底での経験や学びを糧にし、これからの未来に向けた自身の意思や決意を宣誓した一冊です。壁にぶつかったときでも初心に立ち返り、自分の軸や覚悟を再確認するための大切な指針となっています。