シェトラトレーディング 業務執行役員 大貝隆一
おおがいりゅういち

大貝隆一

埼玉県生まれO型
職業:シェトラトレーディング 業務執行役員
趣味:読書 映画鑑賞
座右の銘:人事を尽くして天命を待つ

和光大学人文学部人間関係学科卒、西武百貨店入社船橋店配属、JICA研修所フロントデスク勤務、株式会社しぇとら設立、日の丸自動車等でハイヤー運転手、合同会社シェトラトレーディング設立

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来歴

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なぜ今の仕事に?

ルワンダ出身の家内がルワンダコーヒーを持ってきたことです。それまでコーヒーは苦いものとして飲んだことのなかった私であったが、苦みを感じず、飲みやすいコーヒーがあると感じたからです。それがきっかけでコーヒーを扱ってみようと思ったら、フーデックスにルワンダ人がコーヒーで来る、という情報が入り、行ってみたらそこで出会った人の関係が広がっていって最終的にはコンテナまで伸ばすことが出来ました。しかし、兵站に失敗し、その後IT,レアメタルと繋いでみたが、継続できず、一時はもはやアフリカもこれまでかと思いました。その矢先、タンザニアからコーヒーのオファーがあり、続いてコンゴ民主共和国大使より販促の依頼がありと不思議な縁が続いて、今日に至りました。

現在の仕事への想い

ルワンダでコーヒーの縁を頂戴した時には、ルワンダは正にアフリカの中心に位置している。虐殺のルワンダから良い豆が良い状態で届けられたらどれだけ周辺国にとっても日本との活性化に勇気付けられることだろう、それまでアフリカは欧米に任せれば良いと言っていた日本にとっても欧米経由でない、直輸入が果たせればどれだけいいことだろうと思いました。当時は「本体とサンプルは違う」や「石を入れてくる」と大変な不信感を持たれていました。とても残念なことでした。ルワンダは大変いいものをいい状態で送ってくれました。ですから、いずれはクリックひとつでアフリカからも購入できる日が来るといいと思いました。WEBで世界中のものを手にしやすい環境になりつつあります。直貿易の実施の先には、WEBでの農園直買いが可能な状態にまで発展できるといいと思います。

あなたにとって覚悟とは

家内が縁でアフリカに縁が出来ました。ルワンダコーヒーに始まった時、コーヒーのみならず、他の生産物や周辺諸国とも何か出来るようになっていったらいいと思いました。が、ルワンダコーヒーは25袋に始まり250袋、1コンテナサイズまで電話とメールと飛込で拡大しましたが、継続は出来ませんでした。それでもなんとかアフリカ直通ラインは確保したいと、その後ITや鉱石(タンタル)を繋ぎましたが、継続は難でした。が過去の実績でタンザニアがコンタクトしてきました。同時期、アフリカ関係の団体からお声がけ頂いたり、不思議とアフリカが再び近づいてきました。昨年は正念場と捉えていました。5月頃までは、もはやこれまでか、とも思いました。コンゴの豆は昨年末、一年かかって漸く手にすることが出来ました。そこから、運気の流れは変わりました。それまで一人でしてきたことが、3月以降チームとなりました。そして今、コロナを機に小さくても着実に実績を積み上げた者が評価されるような時代になったような気がしています。これまで断片的に取り組んできたことが、時流と合ってきたように感じています。アフリカ回帰はできた、と感じています。これからもアフリカと日本を繋ぎ両国の活性化の一端を担えれば幸甚と思います。

カッコイイ大人とは?

「いくつになっても前向きで何かを追い続けている人」そのような人は精神性も高く若々しく、身体はホーキンス博士のように不自由であったとしても、スゴイ、尊敬できる人と感じます。これまで「困った、困った」ことは多くありました。その時に参考としたのは本屋でした。本屋では多くの人に会えます。その時々に現在、過去の様々な人からこのようにして困難を乗り越えたのだと支えられました。シェトラは大貝の貝、寅さんの寅をあわせてシェル寅、シェトラとしました。結果、啖呵売ありませんが、飛込はありました。先日もしました。影響を受けた英語の先生曰く、「日本映画と言ったら寅さん」の影響で映画を見ました。庶民派的な映画でしかしギネスにも登録される世界的な映画でもあります。牛久のロケ場所は近所あるので、足を運びます。新宿のお墓にも墓参に行きました。憧れる人に近づこうと足跡をたどる、つまり学ぶ、まねぶ、真似てきたように思います。そのようにして守破離となり、自分らしい形、私の場合はアフリカとのつなぎ役となっていったように感じます。

今後の展望

コンゴコーヒー、そして私のアフリカ回帰はまだ始まったばかりです。今は焙煎豆の販売にも乗り出しています。当初は越境ECを念頭にアジア販売を目標にしていました。幸い国内から少しずつ動きだす気配です。順次海外へも広がり、結果、フレンチ、イタリアン、アメリカンにならぶニッポンコーヒーのひとつとして認知されていったら幸甚と思います。同時に一昨年訪ねたキリマンジャロ麓の小さな農園からの直輸入を本年こそは果たしたいと思います。直輸入豆での様々な利用法も模索したいと思います。生豆価格は大変安いものです。キャベツも一個のキャベツは安いものですが、一個のキャベツから料理として提供されれば、数千円にも数万円にもなります。そのようにコーヒー豆の活用法を模索したいと思います。農園とのタイアップのため、様々な可能性を秘めていると楽しみです。農村にとっても大きな利益となるはずです。キブ州は紛争理由による渡航禁止地区です。そこからコーヒー輸出がきっかけで様々な可能性や期待が広がるとしたら両国にとって、周辺諸国にとってどれだけ楽しみなことでしょう、と思います。

若者へのメッセージ

家内と出会うまでは、ルワンダはもとよりアフリカも無縁の世界でした。出会ったことにより俄然身近なこととなり、今では半分アフリカンと思っています。コーヒーを飲まなかった人間がコーヒーを扱うようになりました。がコーヒー屋ではありません。「アフリカとの繋ぎ屋」との認識です。ですからIT,鉱石とトライしました。結果コーヒーに縁が深かったように感じます。コーヒーでアフリカと繋ぐことが天命と感じます。2006年ルワンダコーヒーを始めた際、直貿易の成功はどれだけ両国にとって、有益なものか、更には日本と貿易を希望している周辺国にとってもどれだけ希望のあるものとなるか、と夢想しました。暗黒大陸アフリカの時でした。「ルワンダって何?」の時代でした。しかし、アフリカのいい資源は欧米経由で日本に来ていると聞いていました。だから、直輸入の未来を楽しみにしました。いち個人であってもそう感じました。一石の波紋は広がります。不思議とそう信じてきました。そして、そのようになってきました。「こうあったらいいなあ」とイメージしたことが実現してきたことになります。ですから、こんなことできるかできないか、を考えるのではなく、「こうあったらいいなあ」と思い、それに向かって何か一歩踏み出しそれが進めば、おそらくそれは、Goサインと思って更に邁進したらいいと思います。そうするといずれ大きなうねりとなるかもしれません。私の場合は14年かかって、時代とフィットしてきたと感じています。これからは個人が活躍できる時代と感じます。行動力と発信力があれば、個人が活躍出来るように感じています。是非、何かに向かって念じて進んでほしいと思います。一念は巌をも砕きますから。

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