覚悟の瞬間(とき)

まつだ整形外科クリニック 理事長兼院長 松田芳和
まつだよしかず

松田芳和

富山県生まれO型
職業:まつだ整形外科クリニック 理事長兼院長
趣味:ジョギング、ヨット、スポーツ観戦、読書
座右の銘:「我より古(いにしえ)を作(な)す」

富山医科薬科大学医学部卒業。大学関連病院を勤務後、2000年から葦の会石井クリニック、2007年から湘南鎌倉人工関節センターに勤務。2010年にまつだ整形外科クリニックを開院。2017年10月に「医療」と「スポーツ」と「食」を融合させた新施設「健康スポーツクリニック」「メディカルフィットネスfine」「Cafe matsubokkuri」を立ち上げる。少しでも多くの方の健康寿命を延伸し、医療とスポーツと食を通じて地元熊谷の活性化、地域社会の貢献を目標にしている。

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来歴

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なぜ今の仕事に?

一つの痛ましい事故が医師になろうと決心したきっかけになりました。1985年8月12日の日航機墜落事故です。当時高校3年であった私は、具体的な進路を決められないまま受験の夏を過ごしていました。あらゆる分野の方々が、現場で救出作業を行っている映像を見ているなかで、どんな形であれ、人を救える仕事がしたいと強く思いました。その中でより深く、直接関われるだろうと感じた「医師」という職業を目指す決心をしました。大学時代はヨット部に所属し、少しでも強くなるために他大学との合同練習を行ったり、気象条件によりチューニングを変えながらデータを取ったり、創意工夫を重ね練習に打ち込みました。大学時代の青春をささげ、大学5年次には山形国体にも出場出来ました。ヨットだけでなく、テニス、スキーなど運動が好きで、運動器の機能外科を扱い、スポーツとも関わりの深い整形外科医を選択しました。

現在の仕事への想い

クリニック開院時のクレド。「クリニックならではの温かみを持ちながら、レベルの高い医療を提供する」こと。この想いが常に根底にあり、大切にしていることです。現在は「医療」と「スポーツ」と「食」を融合させた新施設から、少しでも多くの方の健康寿命が延伸し、医療とスポーツと食を通じて地域社会が活性化し、地域社会の貢献に繋がることが私の仕事、役割だと考えています。そのためにも、自分自身が常に成長していくことが大切なので、向上心を忘れずに自分磨きをしています。一方で、スタッフに多くのチャンスを与え、活躍できる環境を整える事を大事にしています。その中で少しでもチャンスをつかみ、結果をだせるスタッフが増えてきてほしいです。

あなたにとって覚悟とは

2010年5月に「まつだ整形外科クリニック」を開業すると決めたときです。自分にとっての理想の医療を実現するために、それこそ覚悟を決めました。多額の資金も必要となり、どんな結果が出ようとすべてが自己責任という重圧も感じました。まさに不退転の覚悟の時でした。賛同してくれた妻に感謝しております。

カッコイイ大人とは?

常に夢を持ち続け、強いぶれない信念のもとに前進、挑戦し続けている人でしょうか。既存の常識に捉われずに挑戦していく強いハートを持っていたいです。外見的にも常に体を鍛えていて、いくつになってもTシャツとジーパンが似合うようなアスリートには憧れますね。内面からでるセクシーな人間になりたいです。また、損得なしで人を応援する人はいつの間にか応援されているんですね。常に応援していける人間でありたいです。

今後に向かって

クリニック開院時のクレドである、「クリニックならではの温かみを持ちながら、レベルの高い医療を提供」して、少しでも多くの方々を健康にする。この気持ちは今度も変わらず持ち続けていきたいと思っております。そして、2017年10月に「医療」と「スポーツ」と「食」を融合させた新施設「健康スポーツクリニック」「メディカルフィットネスfine」「Cafe matsubokkuri」を立ち上げました。少しでも多くの方の健康寿命を延伸し、医療とスポーツと食を通じて地域社会が活性化し、自然に笑顔が溢れるコミュニティが生まれ、地域社会の貢献に繋がることを目標にしています。この地に医療とスポーツと食が三位一体となった、人々の健康を目指す施設から、多くの皆さんの健康に繋がればこれ以上の幸せはありません。そのためには、先人たちの築き上げてきた事に敬意を払いながらも、既存の常識に捉われず、常に新しい視点で物事を俯瞰的にみて、挑戦する事を恐れずにぶれない信念を持って取り組んでいきたいと思っております。

若者へのメッセージ

常に挑戦する気持ち、簡単には諦めない気持ちを持って欲しいです。私は医師になろうと決断したのが高校3年の夏でした。現役、一浪と2回受験しましたが医学部には合格できず、家庭の事情などもあって、一浪後に某薬学部に入学しました。しかし、諦めきれずに大学に通いながら仮面浪人して再受験、何とか合格する事ができました。当時、諦めていたら現在の自分はありません。その時の経験から、挑戦する事を恐れず、簡単には諦めないようにしています。人生はうまくいかないことが少なくありません。でも諦めないで挑戦していると、そこには必ずチャンスが巡ってきます。あとはチャンスを生かせるような日々の努力を忘れないで欲しいと思います。

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