グローバルヘルスケアクリニック 院長 水野泰孝
みずのやすたか

水野泰孝

東京都生まれO型
職業:グローバルヘルスケアクリニック 院長
趣味:旅行・スクーバダイビング
座右の銘:有言即実行

東京慈恵会医科大学大学院在学中に国内外で熱帯医学を学ぶ。学位取得後は主に国内で熱帯医学・渡航医学の研究・臨床経験を積む。2007年に外務省出向の機会があり、在ベトナム日本大使館に2年間勤務。2010年より東京医科大学准教授、同大学病院感染制御部長を歴任し、2019年に千代田区にグローバルヘルスケアクリニックを開設。日本小児科医会国際委員長、国際協力機構海外協力隊派遣前訓練の感染症講師も務める。

オフィシャルサイト

来歴

1 2 3 4 5 6

なぜ今の仕事に?

研修医時代に、WHO(世界保健機関)西太平洋事務局から帰って来られたばかりの上司に出会ったことから、海外での感染症の話に大変興味を抱き、自分もWHOで仕事ができるようなキャリアを積みたいと考え、大学院に進学したことがきっかけです。大学院では熱帯医学を専攻し、タイに留学する機会もいただきました。学位取得後、主に国内で熱帯医学・渡航医学の研究・臨床経験を積んでいたところ、外務省出向の機会をいただき、在ベトナム日本大使館に2年間勤務しました。帰国後は大学准教授、病院感染制御部長などを歴任しました。これらの経験と実績が現在の仕事に活かされていると思います。

現在の仕事への想い

これまで自分が積み上げてきた経験と実績を活かした専門性が高く、説得力のある医療サービスを提供したいと考えています。医療界では大学病院がトップレベルという認識が根付いていますが、たとえ小さな診療所であっても、限られた分野においてはそれと同等あるいはそれ以上の成果が挙げられると信じています。大きな病院ではできない、きめ細やかな医療サービスを提供することこそが都心に診療所を開設した信念です。

あなたにとって覚悟とは

研修医時代からの目標であった大学病院のトップまで上り詰めた訳ですが、これまで自分が積み上げてきた経験や実績を活かす機会は多くはなく、管理業務に追われて患者さんと接する機会もほとんどなくなりました。周囲から非難されることも多く、精神的に追い詰められる日々が続きました。本職もままならなくなり、この世から消えてなくなってしまいたいと思う日々を過ごしていたなかで、救われたのはパートで仕事をしていた診療所での患者さんとの対話でした。目標としてきた大学病院のトップで仕事を続けても自分らしさを出すことはできない、積み上げてきた経験や実績を活かすことはできないと考えるようになり、大学を辞職することを覚悟しました。これにより気兼ねなく日本全国の市中病院や診療所で非常勤医師として仕事をするようになり、患者さんと最も近くで対話をすることが自分にとっては最もやりがいがあり、医師になった原点であることに気が付きました。覚悟して得たものが現在の診療所での充実した毎日です。

カッコイイ大人とは?

何をするにも余裕が持てる人。仕事はもちろん、こころにも余裕が持てるようになればすぐに怒ったり、焦ったりはしなくなるはずです。そのためには常に好奇心を持ち、たとえそれが苦手なことであってもまずはトライして多くの経験を積むことが必要だと思います。また多くの人との出会いを大事にすべきだと思います。人との出会いが思いがけない道を切り開くこともあり、またどうしようもない時に助けてくれることもあります。そのためには常に聞く耳を持ち、素直な気持ちで人と接することが必要だと思います。

今後の展望

これまで積み上げてきた経験と実績を十分に発揮できる環境を整えたいと思います。専門診療を行うことはもちろんですが、医師免許のほかにも保有している旅行業務取扱管理者免許やスクーバダイビングインストラクターの資格も活かして、渡航医学の専門家がプロデュースする海外旅行商品の開発をしてみたいと思っています。

日本を背負う若者へメッセージ

自分のやりたいことを見つけるためには好奇心旺盛になって国内外でいろいろなことにトライしてみることが必要と思います。本当にやりたいことが見つかったならば、あきらめることなく無我夢中にやっていれば最初の目標にたどりつなかくても必ず自分の満足する状況にたどりつくはずです。その力となるのはその途中経過にある人との出会いであり、教えであると思います。

おすすめ動画※この動画を見た人はこの人の動画も観ています

講談師・人間国宝 一龍斎貞水

講談師・人間国宝
一龍斎貞水

元プロ野球選手 黒木知宏

元プロ野球選手
黒木知宏

柔道家 瀧本誠

柔道家
瀧本誠

お気に入り

腕時計

婚約指輪と交換に妻からもらったアイテムです。二人で刻んできた瞬間(とき)が詰まっているので18年目の現在も使用しています。

眼鏡

幼少より視力は良かったのですが目にコンプレックスがあったので眼鏡をかけることに憧れていました。最近の加齢による影響で眼鏡をかけざるを得なくなり、仕事上は欠かすことのできないアイテムになってしまいました。