覚悟の瞬間(とき)

日暮里眼科クリニック 理事長 冨永隆志
とみながたかし

冨永隆志

鹿児島県生まれO型
職業:日暮里眼科クリニック 理事長
趣味:旅行、温泉巡り
座右の銘:諦めなければ必ず道は開ける

日本医科大学医学部卒業。日本赤十字社医療センター初期研修医。慶応義塾大学眼科学教室入局。2020年に日暮里眼科クリニックを開設し、小児からご高齢の方まで幅広く地域に密着した眼科診療を行っている。2022年には鹿児島の商業施設であるセンテラス天文館にて日暮里眼科クリニック鹿児島天文館院を開設し、東京都と鹿児島で精力的に眼科診療を行っている。また、鹿児島大学がJALグループと実施している操縦飛行体験SKYCAMP(スカイキャンプ)を行っている株式会社Japan General Aviation Service(JGAS)の取締役を兼任し、大学生がパイロットになる夢を支える仕事もしている。

オフィシャルサイト

来歴

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なぜ今の仕事に?

日赤医療センターでの初期研修を終えた時に眼科をやると決めました。それを現在まで貫いています。生まれつきの弱視を患っていましたので3歳児検診で視力が出ず、弱視専門の病院を紹介されて幼少期から通院していました。地元は鹿児島県のいちき串木野市という薩摩半島の東シナ海沿いにある町で生まれ育ちましたが、紹介された病院が宮崎県の都城市にある眼科病院でした。JRで通院しましたが、串木野駅から西鹿児島駅(現在の鹿児島中央駅)で乗り換え、日豊本線の「にちりん」という特急電車でした。距離にして片道100kmという途方もない距離を片道2時間30分かけて通院していました。初期研修医を終えたときに、やはり身近に眼科専門医がいて、また眼科検査のプロである視能訓練士が複数いるクリニックを作り、私のように幼稚園生で遠くまで通院しなくてもしっかりした治療ができる医療を作ろうと決めたことが現在につながっています。

現在の仕事への想い

眼科専門医になって本当に良かったと思っています。現在、日暮里眼科クリニックでは有能な複数の視能訓練士たちが一生懸命に毎日検査を行っています。検査の一歩目がずれてしまうとその後の治療に大きく影響してきますので検査のプロである視能訓練士にはとても感謝しています。最近ではスマホやタブレット端末を多くの方が使用しており、近視の進行が社会問題になっています。強度近視になると将来さまざまな病気が出てきますので、そのようなことを予防することも我々眼科専門医の重要な役割だと考えています。

あなたにとって覚悟とは

人生で最も覚悟した瞬間は、初期研修医を終えて眼科の道に進むと決めたときです。医師は専門の診療科を決めるとほぼ一生その診療科で仕事をすることになります。日赤医療センター眼科での研修で弱視を患っている子供を診たときに、昔の自分がよみがえりました。出身が日本医科大学で救急救命医療が非常に有名な大学でしたので、その救急救命医療にもとても関心がありましたが、一生涯続けることを考えたときには、幼少期から弱視を患っている自分にとって眼科医療に進むことは運命であり、究極の使命ではないかと考え、現在も一生懸命に眼科診療に取り組んでいます。

カッコイイ大人とは?

あきらめずに頑張ることができる大人です。医師になるためには、まずは医学部に入学しなければなりません。高校卒業まで学業が苦手で成績がいつも下の方だった自分が医学部に合格できたのは、浪人してもあきらめずに勉強を頑張ったことが大きいと考えています。しかも医師は一生涯勉強をしなければいけない職業です。最新の治療を常に頭に入れて、患者様の診療にあたらなければなりません。治療が難しい患者様に対してはさまざまな論文を見て最新の治療を行う必要があり、また患者様やその家族のことも頭に入れて、医師はあきらめずに頑張ることが大事です。どのような状況でもあきらめずに頑張ることができる大人がカッコイイ大人だと思います。

今後の展望

日本では医師をはじめ多くの職業では夏休みを1週間程度しか取れません。慶応義塾大学眼科学教室に入局して2年目にシカゴの病院に短期留学をさせていただきました。そのとき、アメリカの医師は1か月以上の夏休みを取っていたことが非常に衝撃でした。そこまで休めるのは大学生までと仕事を引退した後にしかありません。私は日本でも最低2週間の夏休みが取れるクリニックグループを作ることが今の目標です。たくさん働いて、たくさん休み、そしてリフレッシュできることで仕事にもさらにやる気が出て、みんなにとってもいいこと尽くしではないかと考えています。医療はスタッフがいかに疲弊せずに働けるかがとても重要なことだと思います。それが患者様への医療の向上につながると信じています。

若者へのメッセージ

あきらめなければ必ず道は開けるということを伝えたいと思います。それはまさに私を見ていただければと考えています。生まれつきの弱視を患っても、小さいながらにアイパッチを一生懸命頑張り、視力の向上につなげることができました。しかし、残念ながら矯正視力1.0までは届かず、夢見たパイロットはあきらめなければなりませんでしたが、現在はそのパイロットになる夢を追いかける大学生を支援する立場に立っています。また、学生時代に学業が低迷し、成績がふるいませんでしたが、医師になる夢をあきらめずに時間をかけて頑張ったことでようやく夢が実現しました。自分の弱点であった弱視を現在の仕事に活かしたりと、あきらめなければ逆転の発想で明るい未来を築くことができると信じています。

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お気に入り

診療ユニフォーム

日本赤十字社医療センターの研修同期で作ったスクラブです。お気に入りですので10年以上使用しています。まだまだもちそうです。

パーカーボールペン

妻からプレゼントでもらったボールペンです。大切に使用しています。