覚悟の瞬間(とき)

北京五輪・女子バドミントン日本代表 小椋久美子
おぐらくみこ

小椋久美子

三重県生まれA型
職業:北京五輪・女子バドミントン日本代表
趣味:ゴルフ、映画鑑賞
座右の銘:信念

大阪の四天王寺高校卒業、三洋電機入社。「オグシオ」として、潮田玲子と女子ダブルスペアを組み、全日本総合選手権5連覇、北京オリンピック5位入賞。2010年、三洋電機退社、現役引退。引退後は、バドミントンの普及のみならず、スポーツ全般にわたり喜びや楽しさを伝えられるような活動に取り組んでいる。

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来歴

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幼少~学生時代

子供のころは、活発で体を動かすのが大好きでした。水泳、キックベース、サッカーなどをやっていて、実家にはバスケットゴールもあって毎日のように遊んでいましたね。

バドミントンを始めたきっかけ

当時、地域にあったスポーツ少年団がバスケットボールかバドミントンでした。兄と姉がそれに所属していたこともあり、連れられて少年団に入りました。この時はまだ小学2年生でしたが、それから法事以外では少年団を休んだことはなかったと聞いています。小学校に書いた文集には将来の夢として「オリンピック出場」と書いていました。当時はオリンピックが何なのかさえ分かっていなかったのですが・・・。子どももすごく好きだったので、保母さんになることも夢でしたね。

印象に残っているエピソード

同い年の潮田玲子選手との初対戦は小学校6年生の時の全国大会準々決勝でした。その時に受けた衝撃は今でも忘れることができません。とにかくショットが素晴らしくて、当時の自分のプレーと比較してとても驚いたんです。その時は素直に「この人には勝てない」と思いましたね。その後は、潮田選手を「雲の上の存在」のように意識してしまい、あらゆる試合で彼女に一歩及ぶことができない日々が続きました。高校に進学をし、お互い別の学校に通っていたのですが、選手育成合宿で潮田選手とペアを組む機会がありました。初めてペアを組んだのですが、一瞬で「相性がいい」と分かりました。

覚悟の瞬間

2002年に三洋電機に入社して、2年後のアテネ五輪出場も狙える位置にあったのですが、私も潮田選手もけがや病気に見舞われ満足な戦いができない状況が続きました。五輪に出場する先輩の姿を見て、自分たちの気持ちの弱さを感じ、2人で「これから4年間死ぬ気でがんばろう」と誓いました。年齢が若かったこともあり、特別枠として国際大会に出場をしていたのですが、なかなか実力が伴わない日々でした。そんな中で、2004年全日本社会人大会で初めて優勝できたことは私の中で気持ちが大きく変わった瞬間でしたね。この時から自信を持って、国際大会に出場できるようになりました。

今後の目標

引退をした後は、講習会を通じて子どもたちの育成に取り組み始めました。昔から子どもが好きだったので、念願と言ってもいいかもしれません。講習会の後に「楽しかったです!」と笑顔で言ってもらえるのが直接的に自分のモチベーションにつながっているのが、自分でもわかるくらいに充実しています。大きなことを何か成し遂げるより、一つひとつ気持ちを込めて活動をしていきたいと思っています。

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