覚悟の瞬間(とき)

元陸上競技選手 朝原宣治
あさはらのぶはる

朝原宣治

兵庫県生まれB型
職業:元陸上競技選手
趣味:ホラー映画鑑賞
座右の銘:100mは人間力

高校時代から陸上競技に本格的に取り組み、走り幅跳び選手としてインターハイ優勝。同志社大学に進学後、国体100mで10秒19の日本記録を樹立。その加速力から「和製カール・ルイス」と呼ばれた。大学卒業後は大阪ガス株式会社に入社。入社後にドイツへ陸上留学。初出場の1996年アトランタオリンピックの100mで28年ぶりに準決勝に進出。自身4度目となる2008年北京オリンピックの4×100mリレーでは、悲願の銅メダルを獲得。同年9月36歳で競技生活を引退。世界陸上には6回出場。2010年に次世代育成を目的として陸上クラブ「NOBY T&F CLUB」を設立。これは大阪ガスグループの地域貢献活動の一環でもあり、引退後も自身のキャリアを社会に生かそうとチャレンジを続けている。

オフィシャルサイト

来歴

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なぜ今の仕事に?

もともと小さい頃から陸上選手になりたかったというわけでもなく、中学生の時はハンドボールをしていて、燃え尽きてクラスメイトからの誘いもあり高校からは陸上部に入りました。インターハイで高校生の時走り幅跳びで優勝をして、そのあとの大学で国体の100Mで日本記録が出たその時くらいから「世界で活躍できる選手になりたいな」と陸上一本で頑張っていきたいと思えるようになりました。

現在の仕事への想い

トラッククラブの運営もしています。小学校1年生から80歳まで会員がいますが、初心者の方ももちろん多くいらっしゃいます。競技と一緒で自分の持っている力は限られているので、様々な分野の強みを持っている人と協力し合い、例えば介護の分野でも健康になってもらうための運動を促す仕組みであるとか考えていきたいです。人々が健康になれる様にスポーツを通じて私が携われたらという想いでやっています。

あなたにとって覚悟とは

北京のメダル獲得の時ですね。予選を3位の順位で突破してそのままの結果が出せればメダルが取れるという状況にいました。まわりもかなりの確率でメダルが取れるんじゃないかと言っていました。私自身その大会で引退することが決まっていましたので、ここで失敗したら一生後悔するのではないかと考えていました。これまでにないプレッシャーが押し寄せて来ていましたので、まさしく私にとっての覚悟の瞬間だと思っています。今までメダルが取れなかった歴史がある中での状況だったので「これで歴史が変わるもしれない」と感じていました。同じチームメイトとは決勝前に言葉を交わし合うというよりは、ずっと苦難を乗り越えて来た仲だったので気持ちが繋がっていた瞬間でした。

カッコイイ大人とは?

色んな知識があって、さらにもっとたくさんの知識を学ぼうとしている大人です。私自身、陸上競技をやっている中でたくさんの方に出会ってきましたが、その分野に留まらずたくさんの分野で活躍している人はかっこいいと思います。たくさんの経験を積んでいきたいです。

今後に向かって

2020年東京オリンピックパラリンピックに向けて、スポーツの活性化はどんどん進んでいると思います。今や陸上でもリレーではメダルを取れる時代に変わりつつあったり100Mでも9秒代がでたりかなり活性しているのではないかと思います。そういった陸上のトップの方だけでなく、たくさんの人にスポーツを浸透させていきたいです。スポーツという言葉にハードル立てず、見るスポーツや支援するスポーツなどもあります、健康に近づけた印象を持ってもらいスポーツに触れてもらいたいです。

若者へのメッセージ

今は情報がたくさんあるので主体的に動ける人とそうでない人とではかなり差が生まれてくると思います。なので是非主体的に行動をしてみてください。難しいことではあるのですが自分の目標を持って、これから先何が起きるかわからない世の中を自分の力で乗り越えられる様に突き進んで下さい。

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お気に入り

引退レースのスパイク

2008年等々力競技場での現役最後のレースで履いたスパイクです。

子供から貰った手作りメダル

2007年世界陸上の後に子供からもらった大切なメダルです。