私のカクゴ

栃木県知事 福田富一
ふくだとみかず

福田富一

栃木県生まれO型
職業:栃木県知事
趣味:ハイキング
座右の銘:先憂後楽

宇都宮工業高校卒業後、栃木県庁へ就職。県職員として9年間務め、1981年に退職。その間、夜間の大学へ通い建築学を学び卒業。29歳で市議会議員に最下位当選。県議補欠選挙では落選するも、37歳で県議会議員にトップ当選。宇都宮市長を経て、2004年栃木県知事に就任。「元気度 日本一 栃木県」の実現を目指す!

オフィシャルサイト

来歴

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幼少~学生時代

農家の長男に生まれた私は、農作業を終えて帰ってくる両親のお土産をよく楽しみにしてました。夏の日の、生まれたばかりの色白のオニヤンマや蜂の巣は特に楽しみでした。小学校時代は長期入院することがあり、学校を欠席していた分、日曜日に補習授業をおこなってもらいました。その時の先生は、通信簿に「井の中の蛙大海を知らず」と書いてくれることがありました。その意味を知ったのは中学生になってからでしたが。中学・高校時代は、バスケットボール部に所属していました。県大会優勝という目標に向かって、朝から晩まで練習に打ち込みました。優勝には届きませんでしたが、キャプテンとしてチームを率いました。

現在の道へ進んだきっかけ

黒を白にするようなことが許せない正義感から、政治の道を決意しました。建築家になりたいと工業高校へ入学しましたが、実家の農業の手伝いとの両立を考え、栃木県庁に就職することにしました。そこでさまざまな議員とかかわる中で、黒を白にしようとする政治家を目の当たりにしたのです。そして、県庁という組織の中の一つの歯車として生涯を送るよりも、大きな組織全体を見渡しながら仕事をすることができれば、自らの思いを実現できると思ったのです。両親の猛反対を押し切り、半ば勘当同然で家を飛び出し「政治家は住民の代表であるから自ら出向いて意見を聞く"出前の政治"こそ政治の原点である」という信念を持ち、ゼロからスタートしました。

覚悟の瞬間

市会議員選挙に臨むなら2年間の活動期間が必要と言われ、年度末に退職願を提出しました。突然であったため、職場に迷惑をかけてしまいました。その後、設計事務所(2級建築士)と行政書士事務所を開設、稼ぐことと後援会活動を開始しました。今後、結婚してないと社会的信用が得られないと言われ、退職直後の2ヶ月間で5人の女性と見合い、結婚を決断したとき、覚悟の瞬間でした。

今後の目標

さらに“とちぎ”が、人が輝き、人が集う、日本一「元気」な県となることが目標です。年季が入った大工さんは、駆け出しのころに作った道具箱を大事に使い続け、その頃の失敗を忘れずに技術を磨き続けるそうです。初心を忘れず、一人でも多くの方に「住みたい」、「行ってみたい」と思っていただける栃木県の実現に向けて精進したいと思っています。

日本のアカルイ未来のために

「生きることは挑戦すること」天職に巡り合うまであきらめないでください。努力し続ければ必ず廻りに応援してくれる人が現れます。人生は一度限り、後悔する人生を送らないように!!

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お気に入り

懐中時計

腕時計は高校入学時、両親に買ってもらったのみです。袖口が擦り切れることが嫌な為、その後は腹時計しか持ちませんでした。しかし、スピーチを頼まれることが多くなり、約15年前に止む無く懐中時計を購入しました。毎日身に付けると良いと言われ、身に付けている唯一の銀製品です。

日光彫リップミラー

難や厄を跳ね返すために鏡を持った方が良いと言われ、日光彫のリップミラーを選びました。懐中時計同様、毎日身に付けています。