覚悟の瞬間(とき)

文部科学大臣政務官 義家弘介
よしいえひろゆき

義家弘介

東京都生まれO型
職業:文部科学大臣政務官
趣味:子供と遊ぶ
座右の銘:夢は逃げない、逃げるのはいつも自分

北星学園余市高等学校を卒業後、同校の教師になり、2003年「ヤンキー母校に帰る」がドラマ化され、大ヒットとなる。2005年4月、横浜市教育委員会教育委員に就任。2006年10月、内閣官房教育再生会議担当室室長に就任。2007年、参議院議員選挙当選。2012年、日本再生のため参議院議員を辞職、文部科学大臣政務官に就任。

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来歴

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幼少~学生時代

長野県の田舎で生まれました。野山を駆け巡るような遊びしかなかったように思います。感受性の強い子供で、大人達の欺瞞を肌で感じていました。よくケンカもしました。いわゆる不良ですよね。大人達のつく嘘に敏感で、それが本当に嫌だったんですよ。ただ、不良といっても万引きやイジメのような、人の道に外れるような ことはなかったと思います。

現在の道へ進んだきっかけ

学校から、ていの良い退学処分を受けました。親からも勘当されました。その時に本当に自分の無力さを感じたんです。単純に、生きることができなかったのです。そして、ある縁で北海道の学校に行くことになり、そこで出会った担任の先生が、現在の道に進むきっかけを与えてくれた人でした。その人に出会っていなければ、今の自分はなかったと思います。

覚悟の瞬間

大学のころオートバイの自損事故を起こし、生死の境をさ迷いました。内臓破裂の重態でした。なんとか一命を取り留めたのですが、病院のベッドで寝ている時、涙がたれる感触があったんです。恩師が横に立っていました。その時に「あなたは私の夢」と言ってくれたんです。今までそんなことを言われたことありませんでしたので、とても嬉しかったです。この人が辿ってきた「教育」という道を進もうと、その時きめました。

今後の目標

教育の現場に携わり、現場で多くの子供達に接してきました。しかしそれでは「木を見て森をみない」教育を変えることをできない。現実がありました。国政に出ようとと考えました。そして、すべてをかけて選挙に出馬したんです。いまは、その道の続きを一生懸命、教育再生という目標を掲げながら歩んでいます。

日本のアカルイ未来のために

夢は自分から逃げません。逃げるのはいつも自分です。わたしもあの日見た夢を、今でも追い続けています。この時代に生まれた事実を変えることはできません。時代のど真ん中で、一緒に頑張っていきましょう!

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お気に入り

鉛筆

とてもエコですし、性能にも優れていて、シャープペンシルではなく鉛筆を使うことがこだわりです。

携帯電話

とくに思い入れというものはないのですが(笑)やはりないと不便ですよね。今は携帯端末で、インターネットを通じてマスに訴えることもできるので、なるべくそうしています。