覚悟の瞬間(とき)

さくらクリニック 院長 佐藤志津子
さとうしづこ

佐藤志津子

秋田県生まれO型
職業:さくらクリニック 院長
趣味:映画鑑賞、旅行
座右の銘:大事なのは、ただ生きるのではなく、よく生きること

お茶ノ水女子大学で社会哲学を専攻して卒業後、山梨医科大学で医学を学ぶ。卒業後は東京医科歯科大学病院 神経内科に入局。いくつかの病院で研修後、平成11年4月大学院に進学。その後バイトで関わった訪問診療にどっぷりはまり、大学院は中退。平成15年さくらクリニックを開業し、現在にいたる。

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来歴

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なぜ今の仕事に?

大学では神経内科のいわゆる専門医として働いていました。大学院時代、昔の同僚から「忙しいから助けて」と頼まれたのが、訪問診療のバイトでした。ちょうど学費稼ぎのバイトを探していたし、深く考えずに引き受けたんです。でもこの時の患者さんとの出会いで、人生が大きく変わりました。例えば、とあるおばあさん。腰痛や膝の変形のため、痛くて殆ど歩けず、薄暗い居室で介護ベッドにポツンと座って過ごしていました。最初は緊張してこわばった表情をされていたんですが、何度か伺ううちに、いい笑顔をみせてくれるようになりました。泣いたり笑ったりしながら、何でも話してくれる。2週間に一度の往診を、心待ちにしてくれる。外来でも病棟でも、これほど患者さんの近くに寄り添い、委ねてもらう経験はできません。その有難さと責任の重大さをひしひしと感じ、一気に訪問診療にはまっていきました。

現在の仕事への想い

専門が神経内科ですので、いわゆる「神経難病」の患者さんと多く関わらせていただいています。筋萎縮性側索硬化症、パーキンソン病、多系統萎縮症など、治療は困難で、進行する病気です。病棟医だった頃に、診断をつけて、いわゆる「告知」をして手を離していた方々の、その後の人生に今は寄り添っています。考えてみたら内科の病気の多くは治すのではなく「上手に付き合ってゆく」病気です。神経難病を抱えて生きるのは本当に大変だけれど、「○○○という病気の病人」である前に、自分の人生を生きる生活者です。自分らしく生きてほしい。そのために病気と「上手に付き合ってゆく」ためのサポートをしていきたいと思います。と言っても、私が一方的に「助けてあげる」という関係ではありません。懸命に生きようとする患者さんを核に、支えようとするご家族、それを支えるケアマネージャーさんや訪看さん、ヘルパーさん等々で、一つの「チーム」ができます。この人たちが本当に素晴らしい。頭が下がります。

あなたにとって覚悟とは

仕事に関していえば、とある患者さんとの出会いを思い出します。32歳の若さでALSという神経難病を発症された女性です。非常に進行が早かくて、私が往診を始めて間もなく、痰が詰まって呼吸困難に陥り、救急車で病院に運びました。だから私が治療したわけではないのですが、彼女は「先生に拾ってもらった命」と言い、「生きていく覚悟」を語ってくれました。そして最期は家で死にたい、と繰り返しおっしゃる。それでもう、この仕事を辞められなくなりました。正直、心身共にきつい経験も多々あって、長くは続けられないと思っていたんですが、「拾ってしまった命」の責任をとらなければならない、彼女を看取るまでは絶対に辞められない、と覚悟しました。彼女は懸命に人生を楽しんで、昨年望み通り自宅で亡くなりました。で、彼女との約束は果たしたわけですが、今はまた、別の患者さんたちと、別の約束があるので。これからも、同じように続いていくんでしょうね。他力本願の人生で恥ずかしいんですが、ひとりひとりの患者さんとの出会いが、私をここにとどめてくれていると思います。

カッコイイ大人とは?

昨年、ポーランドへ行って、アウシュビッツ・ビルケナウ博物館を見学してきたんです。唯一の日本人公式ガイドである中谷剛さんにガイドしていただいて。私は「死ぬまでに行きたいところリスト」と「死ぬまでに会いたい人リスト」を作っているんですが、その二つが一遍に叶いました。中谷さんのガイドは、本当に素晴らしかった。熱くて一生懸命。伝えなければならないという使命感が半端じゃない。中谷さんがおっしゃった「名もなき英雄」の話が、とりわけ素敵でした。当時の悲惨な状況の中でも、英雄的にふるまい、今に語り継がれている人たちがたくさんいます。例えば餓死刑を命じられた囚人の身代わりを申し出て命を落としたコルベ神父、映画で有名になったシンドラーさんや杉原千畝さんなど。でも彼らだけではないはず。歴史に名をとどめなかった「名もなきヒーロー」がたくさんいたはずだ。そいいう名もなきヒーローがどのくらいいるかで、世の中が変わる。そう熱く語る中谷さんは、とても素敵でした。

今後に向かって

開業当初は、壮大な目標を立てていました。「都市型」の在宅医療を5年で完成させて、次に地方の在宅医療に取り組むこと。私は秋田県出身なので、急速にさびれていく地方の現実をひしひしと感じています。それでも生まれ育った故郷を愛し、自分の家で暮らし続けることを願い、家で死にたいと願っている人たちがたくさんいる。どうにかできないか、という使命感がありました。がしかし、開業してから15年近く東京で悪戦苦闘しているわけで、「都市型在宅医療の完成」どころではありません。地方の在宅医療に取り組んだ後には、その後には、と「夢」だけならたくさんあるのですが、ここを離れる目途もまったくたっていないので、「夢想」ですね。恥ずかしくて言えません。

若者へのメッセージ

若い時には若いことのありがたさはわからないし、若さを持て余したり、むやみに食い散らかしてしまったりします。私もそうでしたから。でも、部屋に引きこもって無為に過ごしているなら、ぜひ外へ、できれば国外に出てみてください。からだひとつで。若くて未熟だから、それができます。大人社会にもいじめはあるし、世の中は差別と偏見に満ちているし、努力や誠意だけでは何ともできない不条理なことがたくさんあります。でも同時に、正しいと思ったことのために体を投げだす「名もなきヒーロー」たちもいるのです。人生は一度きりで、未来はあなたたちのものです。「名もなきヒーロー」がひとりでも多く生まれますように。

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お気に入り

iPad

簡易版ですが、電子カルテも入っています。どこへ行くにも常に携帯。手放せません。昔パソコンバッグを持ち歩いていた頃に比べて、便利になりました!

診察カバン

苦楽を共にしてきた相棒。これは何代目でしょう。訪問車にも色々積んであるのですが、行ったり来たりが面倒なので、なるべく診察カバンに詰め込んで持ち込んでいます。けっこう重いです。診察道具の他、採血などの検査からちょっとした怪我の手当までできます。