覚悟の瞬間(とき)

医療法人社団愛賛会 おおしおウィメンズクリニック 理事長/院長 大塩達弥
おおしおたつや

大塩達弥

神奈川県生まれO型
職業:医療法人社団愛賛会 おおしおウィメンズクリニック 理事長/院長
趣味:釣り
座右の銘:一期一会、進取の精神

日本大学医学部卒業後、外科系産婦人科学大学院医学博士課程入学・卒業。日本大学医学部附属板橋病院勤務後、関連病院出向後、関東逓信病院(現NTT東病院)勤務後おおしおウィメンズクリニック設立する。

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来歴

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なぜ今の仕事に?

最も影響をうけたのは、祖父が、産婦人科医であったことが産婦人科医になった理由です。そもそも、家が医系家族で、医者になる事が当たり前の様な環境だったのです。医学部に進学する前も進学後もなんとなくサラリーマンのような会社員には向かない性格で、職人気質が生かせる仕事に就きたいと思ってました。学生時代にニューヨークに行った時、街で暮らしている日本人の人と知り合って、夢に向かって頑張っているのを実感させてもらい自分の甘さを痛感しました。日本に帰国してから、それからは、学業に真摯な気持ちで向き合うことができました。学生時代には外科系であればと思い、胸部外科・心臓血管外科とかもあこがれていましたが祖父の偉大さを父から聞いたときに産婦人科医になると決めました。

現在の仕事への想い

産科医の仕事は、チームワークをモットーにする事が一番大切だとと思える。産科医・助産師・看護師・麻酔科医・看護助手すべてのスタッフが絡み合って1人の患者さんに満足感を与えることが出き、安全で楽しい出産ができます。ハーモニーを大切にすることが必要です。スタッフからの患者様の身体的変化の情報収集が不可欠で、自分では目の届かない分の情報を得られる事がだいじです。出産は、病気でないが、一旦こじれると命を失いかねない事があります。産科学の知識の下で、経験値と勘を活かすには1人の患者さんおこる現象を客観的に分析する事(細かい観察力)が必要です。そのため年齢とともに集中力が欠けていく中で自身の体調管理を万全を期す事が一番大切だと思います。

あなたにとって覚悟とは

祖父の影響で産婦人科医になった経緯は先に述べましたが、その当時祖父は診療所を開設していましたが、岐阜県の山奥のため、夜中のお産は往診もしていたようです。診療所まで来れないときは夜中でも4里の山道を自転車で往診していたようです。産科医になるとはこういう事かと覚悟をしつつも中々覚悟が出来ないときの勤務医時代に、マスコミでもてはやされた時が何年も続いておりました。6年目か7年目に入ったころ吉本興業から専属契約の話がありました。マスコミュニケーションの仕事は華やかですが、反面制約もあります。本当に自分の納得できることが出来なくなるのではないかと思いマスコミ入りは断りました。その時に腹をくくって人生1回なんで悔いのない人生をと思い勤務医(制約ある)ではなく開業をめざして祖父のように開業医となりました。それからは全部じぶんで責任追わなくてはならない覚悟した瞬間です。

カッコイイ大人とは?

同じ産婦人科として祖父が尊敬できる存在です。孤軍奮闘し、地域に貢献している熱意がある先生でした。また、お産に関して生死に関わる症例に当たった時でも飄々と物腰柔らかに立振る舞い、結果的に後ですごいですと人から評価されること、絶対的に命を助けること、失敗しないことです。

今後に向かって

今の現状をいかに維持していくかが大事だと思います。「あれもしたい」「これもしたい」と欲を出すのではなく、粛々を同じことを毎日繰り返す事が大切だと感じております。大リーガーのイチローも言っているように、自分のペースを崩さないということに共感しています。

若者へのメッセージ

昔と違って今は、縦割りで決めて若い先生の経験値が少ないと感じています。僕が若い時は入局して5年目になるドクターの経験値を得るために敢えて夜中に戦場みたいな野戦病院に当直勤務について経験値を2年目にはつけていました。なので、とにかくどんなことでも嫌な事でも逃げないでやってみることが必要だと思います。

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