覚悟の瞬間(とき)

登戸内科・脳神経クリニック 院長 加茂力
かもつとむ

加茂力

東京都生まれB型
職業:登戸内科・脳神経クリニック 院長
趣味:宇宙を考えること、読書
座右の銘:天は乗り越えられない試練を与えない

昭和53年(1978年) 慶應義塾大学工学部中退
昭和59年(1984年) 聖マリアンナ医科大学医学部卒業
平成2年(1990年) 聖マリアンナ医科大学大学院卒業
平成5年(1993年) 聖マリアンナ医科大学 第2内科 講師
平成10年(1998年)  コペンハーゲン大学留学 Danish Aerospace Medical Center of Research at the Copenhagen University Hospital研究員
平成13年(2001年) 聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院 神経内科副部長
平成16年(2004年) 同 助教授 聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院 神経内科部長
平成18年(2006年) 同 准教授 川崎市立多摩病院 神経内科部長 総合診療科 副部長
平成23年(2011年) 登戸内科・脳神経クリニック 院長
平成26年(2014年) 医療法人社団神天会 理事長 現在に至る。

オフィシャルサイト

来歴

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なぜ今の仕事に?

高校生の時、数学と物理学ができると思っていました。自分の得意なことで、時代の流れから大学では工学部の情報工学分野で人工知能AIを学ぼうと入学しました。大学で著名な情報工学の教員から課題を与えられ、親友と一緒に課題に取り組みました。当時、二人の課題プログラムを演算させると、明らかに親友のプログラムの方が早く、結果もスマートなものでした。この時、気がつきました。数学と物理学の成績が良いのと、その才能があるのは違う、自分の勘違いだったと自覚しました。当時、AIの発想になると考え、神経生理学を勉強しました。この学習と経験から、医学と医療は努力で習得できる、自分にはその努力を継続できる才能があると確信しました。工学部入学1年2ヵ月後に休学し、医学部入学の計画を立て医師になることを決意しました。

現在の仕事への想い

今、神経内科の専門医、スペシャリストとして地域に医療を提供しています。しかし、診療ではジェネラリストの能力も求められます。何故ならば、患者さんは「パーキンソン病なので受診しました」とは言わないからです。「歩きにくくなった」、「匂いがわからなくなった」、「夜中に寝ぼけるのですが」と言って受診されます。地域医療をこれかも担うためには、神経内科のスペシャリストとして最新の知識と技術を持つことと、同時に総合診療科のジェネラリストの能力があることが必要です。スペシャリストであり、ジェネラリストでもありたいと想っています。

あなたにとって覚悟とは

医師になって33年、そのうち27年間は大学病院で神経内科の専門医であることを目的としていました。大学病院の医師のミッションは、診療、研究、教育の3つです。6年前に地域医療の医師になることを決意し、計画を立てた時、医師には5つのミッションがあることに気がつきました。診療、研究、教育に加え、経営管理と社会貢献です。この5つのミッションをプレイングマネジャーとして遂行しなければならないと覚悟しました。クリニックの理念は、「専門性の高い愛ある医療の提供」です。この理念でクリニックが存続するためには経営管理を考えなければなりません。地域に密着した医療を提供するためには、社会貢献を考えなければなりません。

カッコイイ大人とは?

人は過去、現在、未来という時間の中で生きています。多くの人は現在を軸に生活や仕事の計画を立てていると思います。仕事で人と会う時、過去と未来のどちらに重きを置く人かを判断します。未来の比率が高い人には、3年から5年の中長期計画を持っているかどうかを判断します。夢を持って、中長期計画を立てられる人が素敵だと思います。

今後に向かって

これからの医療は、多職種によるチーム医療と医療連携がキーワードとなります。患者さんの生活の質は、専門医の最先端の医療だけでは確保できません。患者さんやその家族にとっては、病気を治療すると同時に、生活と仕事を継続することも重要です。これを守るため、医療保険だけでなく介護保険も利用する必要があります。患者さんの生活と仕事を守るためには、専門性の高い多職種による医療と介護の連携が必要であり、これを達成するため、医療と介護のスタッフに対する教育プログラムを準備し、育成しなければなりません。

若者へのメッセージ

小学校6年生の時にアポロ11号の月面着陸をテレビで見た時、宇宙飛行士に成りたいという夢を持ちました。大学の工学部に入学した時、航空部に入り、グライダーの操縦をしました。医学部大学院生の時に宇宙飛行士になるため宇宙開発事業団に応募しようと計画しましたが、めまいの病気になり諦めました。大学院卒業後、宇宙に行きたいという気持ちから宇宙医学を研究テーマにしました。その想いから、筑波宇宙センターでの7日間ベッドレスト研究、NASDAパラボリックフライト研究、ロシア120日間ベッドレスト研究、ミール宇宙ステーション宇宙飛行士研究で、自分の研究アイデアを宇宙で実現することができました。夢を持ち、その夢を持ち続けることが大切です。

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お気に入り

ハンマー(打診器)

31年間、診断のために使いました。神経内科専門医にとっては病気の診断のための重要なアイテムです。聴診器を白衣の左のポケットに、ハンマーを右のポケットに入れ患者さんを診察しまいた。

OMEGAスピードマスター

准教授に就任した時、チームスタッフがプレゼントしてくれました。アポロ13号が地球に帰って来たことを想い、時間を確認する度に宇宙を感じました。