覚悟の瞬間(とき)

医療法人ハートフル会 理事長 阿部祐一
あべゆういち

阿部祐一

北海道生まれO型
職業:医療法人ハートフル会 理事長
趣味:スキューバダイビング・旅行
座右の銘:「今を生きる」

昭和55年3月:日本歯科大学東京校 卒業 昭和59年8月:米国南カルフォルニア大学(USC)歯学部 補綴課程修了 医学博士・米国USCクリニック・都内大学病院勤務・国際デンタルアカデミーなどで研鑽を積む 平成20年7月:すまいる歯科 開院 平成25年9月:医療法人ハートフル会 設立。理事長就任。日本補綴学会 日本顎咬合学会 アジア顎咬合学会 アメリカ審美学会フェローメンバー(AACD) アメリカ歯周病学会(AAP) アメリカ咬合学会(AES) 欧州レーザー学会

オフィシャルサイト

来歴

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なぜ今の仕事に?

周りに医師や歯科医師が多かったのも選択の基準になりましたが、1958年に国民健康保険法が制定され、その当時3,000万人の人が無保険でした。そのような状況だったので私が幼少期はとにかくむし歯が多く歯科医院が少ない事もあって、とにかく治療を受けるのに半日とか一日がかりだったのを記憶しております。むし歯って「どうしてなるの?」という素朴な疑問から、むし歯をなくす事って出来ないのかなぁって。むし歯がなくなると痛い思いをしないでも済みますし。というのが、歯科医を志すきっかけとなりました。

現在の仕事への想い

1984年のむし歯罹患率は、4.7本、2009年の統計では1.4本に減少しています。25年間で3.3本もむし歯が減った計算になります。現在ではこれに反比例して歯周病が増えてきています。現在35歳以上の80%が罹患し、日本人の8,000万人が歯周病だと言われています。最近、歯周病菌を除菌するシステムが確立し、歯周病を根本的に除菌してリスクを低減させる事が出来るようになりました。今後、この歯周病の菌を除菌してなるべく多くの人が二度と歯周病にならないように、そして一生涯自分の歯で食事ができるように治療していきたいと思います。

そう思うようになった、きっかけ

歯科の分野でセラミックなどの審美歯科治療やインプラント治療などが脚光を浴びたのが、今から15年から20年前くらいだと記憶しております。せっかくセラミックやインプラントで治療をした患者さんが10年か15年くらいして来院するのを見ると歯ぐきが悪くなって出血したり、骨も溶けて少し歯が動くようになっていたりしているのを見て、何とか歯周病にならない方法はないか、一度治療したものが一生涯再治療なしにする方法はないのかと考えていました。欧米では、むし歯も少ないし歯周病も少なく80歳でほとんどの歯が残っているにも関わらず、日本では80歳でたった7本しか自分の歯が残っていないのはなぜだろうという疑問が歯周病を除菌によって撲滅させるきっかけとなりました。

あなたにとって覚悟とは

歯周病は感染症なので、一人ひとりを地道に除菌をしていって口腔感染症という認識を患者さんに持ってもらわなければ、減って来ないと考えています。これには、時間と労力と歯科衛生士さんの努力が必要になってきます。歯周病患者8,000万人という数字を目の当たりにした時、「一人ではできない!」と思い無理だと挫折しかけた事もありました。しかし、マザーテレサがらい病患者の手当をする施設を作ったとき、まず自分の周りの病人を助けるというポリシーに共感し、まず自分の周りの患者さんを治療しようと覚悟を決めました。一人でも多くの人にわかってもらい、治療を受けてもらう・・・。このような努力の積み重ねがいずれ日本から歯周病がなくなる、またはなくす事になると信じて。。。

今後に向かって

歯科医院は、どちらかというと「行きたくないところ」と思われています。私は、それを「行くと楽しいところ、パラダイス」に変えたいと思っています。一度、悪い所は治療しなくてはなりませんが、一度治療した所を一生涯維持させるためにメンテナンスは必要ですが、気持ちの良い施術に終始しますので、楽しいところになって来ます。治療は麻酔をしたり、歯を削ったり、歯を抜いたりしますので、そこで痛みが発生します。しかし、治療ゼロの医療が実現できたらきっと歯科医院も「パラダイス」になると思います。

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お気に入り

マザーテレサからの手紙

インドでらい病患者のホスピスの存在を故マザーテレサさんの映画で知りました。その時、毎年日本から「歯ブラシ」をその施設に送るようになりました。そうしていると、ある日国際郵便の手紙が届き見てみると手書きで一生懸命書いたお礼の手紙でした。マザーテレサの名前が記された手紙が励みになり今の自分があると思います。

PKTのサイン本

学生時代にハリウッドで開業され大学でも教鞭をとっているピーター・K・トーマスという先生がおられ大学で講演がありました。技術的にも優れており、日本人的な心を持っておられた先生でした。私もこのような先生になりたいと思いアメリカに行き今でもこの先生からいただいたサイン本が心のよりどころとなっています。