覚悟の瞬間(とき)

医療法人社団お茶の水会 小石川矯正歯科クリニック 理事長 平出隆俊
ひらいでたかとし

平出隆俊

静岡県生まれB型
職業:医療法人社団お茶の水会 小石川矯正歯科クリニック 理事長
趣味:読書、食めぐり、車の運転
座右の銘:やさしさは良薬を超える

日本大学歯学部卒(昭和50年)。東京医科歯科大学歯学部歯科矯正学講座専攻生課程修了。東京医科歯科大学歯学部付属病院医員。昭和大学歯学部歯科矯正学講座 准教授・客員教授。同教育委員会委員、治験審査会委員、教育機器委員会委員。外国人研修指導医、臨床研修指導医。新東京歯科衛生士学校・技工士学校講師。日本矯正歯科学会認定委員会副委員長・同生涯研修委員会委員。日本矯正歯科学会会長付幹事。第56回日本矯正歯科学会学術大会事務局長。東京矯正歯科学会編集委員。東京都歯科技工士試験委員。日本メデイカルネット役員。(法)歯科医療危機管理研究所理事。

オフィシャルサイト

来歴

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なぜ今の仕事に?

まず大学の学部選定ですが、すでに兄が東京医科歯科大学医学部に入学しており、単に自分は歯学部でいいかなと、単純に選択し歯学部の旧6大学である日本大学に入学しました。この時点ではどのような仕事か、どのような生活になっていくかは全く分かりませんでした。とりあえず浪人も嫌だし、との思いでした。学生生活では学業になじめず、歯科医師の免許を取得しても、他の分野(そのころの気持ちの葛藤)、外資系の石油会社への就職を考えていた次第です。そんな中、兄の同級生が東京医科歯科大学歯学部の歯科矯正学講座の入局試験を受けることを勧めてくれ、受験しラッキーにも合格してしまいました。これが現在の歯科矯正治療の勉強・臨床をスタートするきっかけでした。

現在の仕事への想い

入局後の2年間の研修内容が、母校と大幅に違い指導教官の充実した指導、また歯科矯正学の学問としての奥深さを知り、いわゆる「はまってしまった」ということになります。この時の指導教官は後に東北大学の歯科矯正学講座の教授、同大学の副学長になった方です。そうこうしている内に、ニューヨークへの留学か、新設の昭和大学歯学部での就職かを選択する羽目になり、相談の結果、現在の恩師である教授にお世話になることになりました。このことが現在の仕事への思いを充実させる原点になりました。余談ですが、この教授が矯正治療は自費でしか受けられなかった状況を、口蓋裂などの先天疾患を持つ患者さんに保険適用の福音をもたらせた方です。赴任し、研究・教育・臨床を思う存分させて頂きました。約20余年大学にいましたが、自分にできる臨床を自由に行いたいと思った時点で、大学を退職することにしました。このような経験から、現在の仕事への思い(何を大切にしているか)は、一人でも笑顔で通院を終えて欲しいと思うこと、この一点です。そのためには何が必要か?を考え、治療環境の整備(一人の患者さに十分な治療時間)、技術の追究、医科歯科ならびに医療従事者との連携、注意していても生じる医療トラブルへの対策の追究をテーマに仕事に従事している次第です。患者さんを説き伏せようとすることは無理です。横に寄り添って治療を進めることを意識しての仕事です。しかし統計学上から1割程度の患者さんとはどうしても分かり合えないということも現実として意識しています。背伸びしない対応が最も重要で、「1年で治る、抜歯はしない、見えるワイヤーは使わない、透明のワイヤー、等々」あまりに患者さんに耳障りのよい、期待感を持たせる誘導はトラブルを起こす要因となります。商業と医療の違いが分からないコンサルティングが原因でもありますが、それに乗ってしまう先生方の稚拙な態度も関係しているでしょう。

あなたにとって覚悟とは

1度目は、矯正歯科専門医として覚悟を決めた瞬間です。研修医の時、こんな若い先生では私の治療を任せられませんと、いわれた時矯正歯科を専門にしようと思いました。2度目は、留学か昭和大学歯学部歯科矯正学教室の2者選択の瞬間です。指導教官からアメリカで学ぶべきことは全て教えた、といわれた時、赴任先の教授との面接で研究・臨床・研究に対し好きなようにしてよいといわれた時大学の職員での就職を考えました。加えて教授は太平洋戦争を陸軍士官として終戦を迎えその後苦労されたと知った時です。3度目は、大学を辞め開業医として出発しようと思ったのは大学や行政の各種の委員会に出席する時間が増え、臨床の時間が少なくなったと感じた時です。そして、今の覚悟の時は、次世代に何を伝えていくかを考えはじめた時、生涯治療技術の修得を目指そうと思った時ですね。

カッコイイ大人とは?

一言でいうと知識ではなく知性を持って、等身大に時間を過ごせる人だと思います。普段なにげなくぼうっしている人でも、いざという時にすっとでてきて嫌味なく手を差し伸べることを自然体で出来る人がカッコイイ人だと思います。

今後に向かって

インターネットが普及し、医療情報が患者さんにとって耳障りがいい情報が多くなってしまったと思います。患者さんにとって安心した治療はどのようなものなのか、歯科医にとって安心した状況はどのようなことなのかという情報の提供をしていきたいと思います。次世代の矯正歯科医に臨床を取り巻くリスクとそれらに対する対応法をまとめたものを伝えたいですね。体が許す限り、色々な面で人の役に立つ行動を取りたいと思っております。

若者へのメッセージ

その道のプロになりたいと思ったとき、一万時間勉強することが必要だと言われています。騙されたと思って10年継続して時間を費やしてみてください。きっと大きな道が開けると思います。そして、常に挑戦者であれ、失敗は当たり前、嫌われるのも好かれるのも当たり前です。身に着けるものは一瞬人を驚かせますが、それだけ頭の中に蓄積していく経験、知識、知性は人に取られない一番の宝物です。

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思い出の品物(お父様のお写真や患者さまからの手紙等)

父親と母親との写真、患者様からの感謝の手紙や海外での矯正認定医試験の合格書などを毎日大切に持ち歩いております。初心と感謝の気持ちを思い出させてくれるアイテムです。