私のカクゴ

俳優 田中要次
たなかようじ

田中要次

福井県生まれA型
職業:俳優
趣味:バイク
座右の銘:七転び八起き、七転八倒でプラマイ、ゼロ。

1990年12月8日、8年8か月と8日のサラリーマン生活から脱線し、東京へ。竹中直人監督「無能の人」に照明助手としての参加から始まり、他には録音助手、付き人、ドライバーなども経験しながら、同監督「119」までの間に数多くの作品に携わり、スタッフ兼業での悶絶映画道を学ぶ。2001年、平均視聴率全話30%超えを記録したテレビドラマ「HERO」でのバーテンダー役が話題となり、人気を博し、これをきっかけにバラエティに進出。2003年、オムニバス映画「刑事まつり 一発大逆転」で短編「窯岡刑事・Coming Out Cop KAMAOKA」の監督を果たし、以降も「奪われた刑事・Snatches」(2004)などを撮り続けている。

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来歴

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幼少~学生時代

すごく地味でした。人を楽しませる役はよくやりましたが、それらは学級新聞だったり演劇の脚本だったりと手作業でやるようなのばかりでした。父を早くに亡くして、自分は家を守らなくちゃいけないって言い聞かされてましたから、高校を出てからは地元に就職する事になり、ずっと長野にいるものだと思ってすごしてました。当時の自分が今の自分の事知ったら「そんな展開があるの!?」と驚くでしょうね。

役者の道へ進んだきっかけ

周りの友人はミュージシャンになると言って上京目的で東京の大学に行ったりしていましたが、自分は地元で就職したため「みんな自由でいいな」とフラストレーションがたまっていきました。いつか東京に行きたいと漠然と思ってました。その時はまだ役者になるとは決めていませんでしたが、山川直人さんの映画を見て感動したことをきっかけに、山川監督の出待ちをするようになりました。話をさせてもらったりしているうちに映像の世界に興味がわきました。

ターニングポイント

山川さんの作るミュージックビデオに脇役で出演させていただいて、「こんな世界があるんだ」と思い、撮影隊の人達ともっと一緒にいるにはどうしたら良いかと考えてたころがありました。ある日、交通事故を起こしてしまって事故の処理をしている間に「何してても失敗したら終わりじゃないか。ならどうせ失敗するなら好きな事をやって失敗しよう」と考え、勤めていた会社をやめて東京に出ました。東京に出てからは知り合いの照明さんの会社でバイトをしていました。でもそこでまた交通事故を起こしてしまったんです。その時に「自分が映像に関わっていられるのは役者しかないな。」と思いました。

覚悟の瞬間

「自分は役者でしか食わない」と決心して無理をしてバイトをやめました。すると、自然に知り合いの監督さん達に自分でアピールできるようになりました。そして、少しずつ役者の仕事が増えていったのです。

今後の目標

英語を覚えたいですね。「Kill Bill」でお世話になったタランティーノ監督とお会いする事が今でもあるのですが、会うたびに「ああ、また英語覚えてない」って後悔をします。いつか監督と2人だけで話しができたらいいなと思ってます。山川監督と話をしていた時と一緒です。通訳さんなしで直接話がしたいのです。

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気に入ったモノは、色違いで買ってしまうという事もあって、この腕時計もゴールド、シルバー、ブラックの3色を所持。シンプルなディスプレイでありながら、腕時計全体から感じる存在感とデザインがお気に入りの理由。

サングラス

撮影現場やテレビでもかけている事が多いというのが、このサングラスです。フレームそのものの存在感を楽しめ、さらにデザインだけで終わらない機能性と実用性を感じる事ができます。