覚悟の瞬間(とき)

登山家 田部井淳子
たべいじゅんこ

田部井淳子

福島県生まれA型
職業:登山家
趣味:シャンソン、イタリア歌曲
座右の銘:平常心

1962年、昭和女子大英米文学科卒業。社会人の山岳会に入会し、登山活動に力を注ぐ。1969年、「女子だけで海外遠征を」を合言葉に女子登攀クラブを設立。1975年、エベレスト日本女子登山隊・副隊長兼登攀隊長として、世界最高峰エベレスト8848mに女性世界初の登頂に成功。1992年、女性で世界初の7大陸最高峰登頂者となる。2000年3月、九州大学大学院比較社会文化研究科 修士課程修了。現在、年5~6回海外登山に出かけ、現在58か国の最高峰・最高地点を登頂。環境省中央環境審議会委員。2009年春よりNPO法人日本トレッキング協会会長。

オフィシャルサイト

来歴

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幼少~学生時代

7人兄弟の7番目で、体も小さく弱かったです。運動音痴で山に登るような経験もなく、小学校の先生が山好きで夏休みに個人的に那須山系に連れていってもらったのが初登山でした。今まで見た緑いっぱいの山ではなく、岩や硫黄ばっかりの火山で驚いたのを覚えています。学校では学べないことがたくさんあるということを知り、もっと知らない世界があるのでは?と感じたことを覚えています。

青春時代の山登り

大学に山岳部がなかったので、春、夏、秋に友達と山に登るくらいでした。社会人になってから山岳会に入りました。それが直接のきっかけになったと思います。その時はほとんど男性に限るというところが多い中、入った山岳部は女子も募集していたんです。そこは岩登りをやっていて、岩登りは手、足を使わないと登れないので、「自分の手で好きな山に触って登っている!」という感覚がとても好きでした。

印象に残っているエピソード

当時エベレストは1シーズン、1チームしか入れない時代でした。私たちが登山許可申請をネパール政府に出したのは1971年、1975年に「許可する」という返事が届いたのは申請を出してから1年半後のことでしたから、エベレストに上るまでに約1400日の準備期間がありました。予算は約4300万円。さまざまな企業の方々に寄付のお願いをして回りましたが、「女だけでは無理に決まっている」と言われ、なかなか応援してもらえませんでした。本当に困っていたときに、テレビ局と新聞社が応援してくださることになって、寄付していただいたお金と各自分担で登山に行くことができました。この時は本当にうれしかったです。

覚悟の瞬間

「エベレストに登る」と決めたのは意外と自然な流れでした。1970年アンプルナⅢ峰(7555メートル)の山に登れ、次は8000メートルの山だということは最初から決めていました。世界最高峰のエベレストはやはり魅力的であり、不可能ではないという思いもありました。

今後の目標

各国々の最高峰を登り続けたいです。今までに58カ国の最高峰に登りました。

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お気に入り

ポンチュウ

ブータンで使用されている民族特有のお弁当箱です。山におやつを入れて持って行きます。

ナイフ

山では必需品。特にハサミは使う機会が多いです。必ずハサミがついているものを選びます。