覚悟の瞬間(とき)

デザインディレクター 川崎和男
かわさきかずお

川崎和男

富山県生まれB型
職業:デザインディレクター
趣味:ペン回し
座右の銘:言語道断 美創出

1972年金沢美術工芸大学産業美術科卒業。1972年東芝入社。1978年に交通事故で車椅子生活となる。1979年川崎和男デザイン室開設。1991年90毎日デザイン賞受賞。1996年名古屋市立大学大学院芸術工学研究科教授着任。1999年名古屋市立大学で博士(医学)取得。2006年大阪大学大学院工学研究科教授(専任)、大阪大学医学部附属病院未来医療センター教授(兼任)。

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来歴

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幼少~学生時代

私は福井県の山並み豊かな土地に生まれました。小学校時代は転校をしたので、よくいじめられました。厳格な父の教えで負けず嫌いに育てられたため、体も小さい方でしたがいじめには屈することなくけんかはよくしていました。中学生のころに小説家になりたいという思いを抱き、小説家になるためにはどうしたらいいかと考えていました。読書好きの父や祖父の影響が大きかったのだと思います。著名な小説家の中には医学部出身の方が多いことに気づき、医学部に行くべきだと考えました。しかし、大学受験には失敗し、大阪で医学部進学コースの予備校生活を送ることになりました。

デザイナーの道へ進んだきっかけ

大阪で予備校生活を送っていた時に、「デザイン」と「イラストレーター」という言葉に出会いました。横尾忠則氏の作品に背筋が震えたことを覚えています。デザイナーやイラストレーターの机の上に、色とりどりの色鉛筆やポスターカラーが並べられているのを見て、ずいぶん楽しそうな職業だなと思って、美術学校へ行くのもいいかなという気持ちが強くなっていきました。

覚悟の瞬間

東芝に入社したのはオーディオ機器のデザインがやりたかったです。ロック世代だった私は、クラシック音楽ばかりを聞かされてあまり乗り気ではなかったのですが、ある時ジャン・シベリウスの「フィンランディア」という曲に出会いました。音楽という職能を通して、独立運動を鼓舞し、多くの人々を支えたということを知り、私は衝撃を受けました。この曲をきっかけにデザイナーという職能が果たすべき目標について考えるようになりました。

ターニングポイント

交通事故から1年の入院生活後赤坂で独立し、その後福井に戻り仕事をしていましたが、仕事の内容も収入もまったく満足できませんでした。その中で、越前打刃物とその職人たちと出会う機会がありました。その刃物を見て私は「これは本物だ」と思い、自分のデザインでやってみようと思いました。これは当時すでに、伝統工芸とインダストリアル・デザインの融合により日本の地域活性化につながったという評価をいただきました。私にとって、これがデザイナーへの復帰という大きな契機になったと思います。

今後の目標

日本には古くからモノに神様が宿ると言われています。デザイナーは、言わば「神様の住処」を作っているとも入えるでしょう。その中で、常に自分に正直でありたいです。そういう自分で社会に向き合っていきたいと思います。

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現在、電子書籍にハマっています。最近は『ロスト・シンボル』を読みました。

スケッチ帳

スケッチをしている時が一番幸せです。40年間デザインをしていて、これらの道具が一番使いやすいことが分かりました。早くリタイヤして、美人画のイラストレーターになりたいです(笑)