覚悟の瞬間(とき)

スタジアムDJ パトリック・ユウ
ぱとりっくゆう

パトリック・ユウ

東京都生まれA型
職業:スタジアムDJ
趣味:スポーツ観戦、ジョギング・マラソン、散歩、一人旅、地図を見ること
座右の銘:to live the dream you need to work for it

カナディアン・アカデミー国際学校卒業。クラブDJ、ラジオDJ、スポーツDJとして幅広く活躍。現在、東京ヤクルトスワローズ神宮球場スタジアムDJとして活躍中。

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来歴

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幼少~学生時代

アメリカ人の父親と韓国人の母親のもと産まれました。5歳まで東京にいて神戸で育ちました。子供の頃は、野球が大好きで授業が終わって学校の門が閉まるまで野球をしていました。小学校6年生の頃には「チーターズ」という名前の野球チームもつくりました。メンバーを集めて、ユニフォームを作りたいからそれぞれのチームメイトの親にユニフォーム代金を貰う為に直訴したりしていました。弱小チームだったので、勝った記憶はありません(笑)。中学3年生の頃に高校野球をやりたいと思ったのですが、インターナショナルスクールだったので日本の高校に進学できず、野球の道を諦めました。

DJを始めたきっかけ

スポーツ以外にも音楽が大好きだったので何をしようかと思い、年齢的に15歳だったので、行ってはダメなのですがディスコに連れていってもらいディスコのDJに憧れを抱きました。そしてディスコDJになろうと思いました。先輩の知り合いのディスコクラブの店長にお願いして見習いとして毎晩DJブースで勉強していました。ルール違反なのですが、17歳くらいからギャラを貰っていました(笑)。 僕らの時代のクラブDJは、音楽の繋ぎはもちろん、合間でトークも使って盛り上げるという世界でした。ラジオDJをはじめるのも20代の半ばだったのですが、この経験が活きているのだと思います。23歳までディスコDJをやっていたのですが、これ以上の成長は無いかなと思い、お店の店長をやったりマネジメントをやっていたのですが、ある日突然、『やっぱり表に出て仕事がしたい!』と思いました。もともとタレントになりたかったので裏方のお仕事をして自分の本当にしたい仕事に気付きました。そこで、英語も喋れて音楽もできるからラジオDJを目指すことにしました。そして、デモテープとプロフィールを作って制作会社を回る生活が始まりました。

印象に残るエピソード

95年の阪神淡路大震災です。僕も実家が半壊しました。半月くらいは避難所で生活していました。当時KISS FMでラジオDJをさせていただいていたのですが、ラジオを通じて災害情報やリスナーのみなさんからの『銭湯が復旧しました。無料だから入りにきてください!』 『公園で炊き出しやっています。』といったFAXが届くので情報提供していました。その経験を通して【人と人とのつながり】を凄く感じました。人間同士の助け合いが非常に素敵でした。これまではただカッコイイDJというイメージで仕事をしていましたが、震災から【伝えることの大切さ】を学びました。 最近では、ヤクルトスワローズのスタジアムDJをさせていただいているのですが、最終試合にライトスタンドに『パトリックありがとう!来年も頼むぞ!』という横断幕を下げてくださった出来事がすごく嬉しかったです。ファンとの距離の近さを感じられました。

覚悟の瞬間

34歳くらいの頃、神戸から上京した時です。ずっと東京で仕事がしたいという思いがありましたので、年齢的にも最後の勝負だと覚悟した瞬間でした。神戸でも多くのお仕事をさせていただいていましたので、東京に出たらもちろんイチからの勝負でした。しかし、不安はありませんでした。その時はただ【成功するかしないか】という考えよりも【後悔したくない】という気持ちのほうが強かったと思います。 現在、野球・ラグビー・バスケットと多くの仕事をさせていただいており、充実しています。東京に来て良かったと思います。

今後の目標

現在、スポーツDJとして命かけてやっているのですが、50歳60歳になってもスポーツDJとしてスタジアムを盛り上げていたいと思っております。若い人たちから『親父もう歳なんだからいいんじゃないの?』とか『でもココは親父には勝てないなぁ。』って言われるような存在になりたいです。いつまでも現場を盛り上げるDJとしてこれからも努力していきます!

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お気に入り

手作りプレゼント

ファンの方からの手作りプレゼントのマイクです。5歳の女の子からいただいたもので今もとても大切にしています。ファンの皆さんからの応援ってやっぱり嬉しいものです。

ユニフォーム

ZETTさんが作ってくださった私のユニフォームです。背番号は、810(パット)です。ユニフォームを着るとスワローズの一員としての喜びと同時に、『プロとしての最高のパフォーマンスをしよう!』という思いになります。