覚悟の瞬間(とき)

プラスアルファ 取締役社長 渡辺真人
わたなべまさと

渡辺真人

東京都生まれO型
職業:プラスアルファ 取締役社長
趣味:歌、フットサル、お酒
座右の銘:一蓮托生

1998年3月、法政大学経済学部経済学科卒業。同年4月、株式会社プラスアルファに新卒入社。入社5年で取締役に就任し、経営の一部を経験。2008年4月、新設・株式会社プラスアルファ専務取締役に就任。2013年取締役副社長に就任。2015年7月取締役社長に就任。

オフィシャルサイト

来歴

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幼少~学生時代

負けず嫌いで面倒な子どもでした。体育の授業の試合でも負けると泣いていました。何故か小学校・中学校と生徒会長になり、勝手に目立つ存在でした。担任の先生に恵まれ、その後、先生方の影響で歌を好きになったり、仲間とのつながりの大切さを教えていただいたり、人前で話す度胸をつけて頂いたり、非常に大切なことをたくさん教わりました。大学時代は話が熱すぎると友人からは疎まれていましたが、私の唯一の自慢である親友・仲間は今でも繋がっています。

現在の道へ進んだきっかけ

もともと小学生の時の夢が学校の教諭になることでしたが、中学にあがり、仲間達とのつながりの中から経営者になりたいと思い、大学に進学しました。ただ、早く仕事がしたくて学生起業のようなことをやり、現在の社長が大学時代の先輩であったことから株式会社プラスアルファに入社しました。大学3年の時に契約社員として営業を行い、そのまま大学卒業後入社。まずは事業の立ち上げをしっかりと出来てから独立と考えていましたが、親会社との方向性の違いから役員を務めていた前株式会社プラスアルファをMBO・EBOという形で独立しました。

覚悟の瞬間

まずは経営者を目指したときです。大学生の時に明確に経営者になる目標を決めました。当時14歳のアメリカのITの経営者が話題になり、ある雑誌に「経営者になるのに国籍、性別、年齢等はなにひとつ制限はない。必要なものは情熱だけ。」という一文に胸が熱くなり、経営者を目指しました。現・株式会社プラスアルファになるために独立をする際、3つの選択肢がありました。一つはそのまま以前の親会社に残り方針の変更をすること。二つ目は個人で独立をして1から会社を立ち上げること。三つ目にそのまま会社をバイアウトすること。なぜ、三つ目を選んだかというと、10年以上一緒に戦ってきた会社の仲間とこれからも一緒に戦いたいと思ったからです。私にとって大切なものは3つのリッチ。フレンドリッチ・タイムリッチ・マネーリッチ。もちろん、3つ同時に手に入れたいですが、まずはフレンドリッチが私にとって必要であることに気付けたのは、今の会社の仲間達のおかげです。どんな未来が待っていたとしても、少しの後悔もないです。

今後の目標

未来を背負っていく人たちに「人が働くとはどういうことか?」ということを考え、答えを見つけてもらいたいです。その為には教育分野に「はたらく」ということと向き合うことができる時間やプログラムを作っていきたいと思っています。保育園、小学校、中学校、高等学校、専門学校の経営に携わることが今の目標です。死ぬまでに初めての生徒が社会人になるところまでを見届けたいです。子供の頃の学校の先生という夢とは少し形が変わりましたが、経営者であることで未来、何をやりたいかは明確になりました。

日本のアカルイ未来のために

日本国民である以上、みなさんは「株式会社日本」の株主・経営者・社員の一員です。未来の日本が、どうなっていくかはみなさんにかかっています。(もちろん、私も含め)一人で考えること、努力をすることも大切ですが、大切な仲間たちと切磋琢磨して摩擦をし、共感し、作り上げていくことに大きな喜びを得られる。そんな自分の国、日本を誇れる国にしましょう!!

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お気に入り

ネクタイピン

会社の仲間たちに誕生日プレゼントで頂きました。実は一度、失くしてしまって、これは2個目です。

社章

この社章は社員からデザインを公募して決定しました。αの右半分のはねている部分は「人」の漢字をモチーフにしました。その為、コーポレートカラーの青の部分を男性、赤の部分を女性に見立てて、人を大切にし、今よりもプラスアルファ、更なる成長を目指す会社ロゴとして作成しました。社員の想いと会社としての基本方針を反映しています。