覚悟の瞬間(とき)

フランス料理人 坂井宏行
さかいひろゆき

坂井宏行

鹿児島県生まれA型
職業:フランス料理人
趣味:ゴルフ、太鼓、水上バイク
座右の銘:勇往精進

17歳でフランス料理の世界に入り、銀座『四季』、『西洋膳所ジョン・カナヤ麻布』を経て、1980年フランス料理店『ラ・ロシェル』を開店。フランス料理に懐石料理の技法を取り入れた繊細な盛り付け、色使いの美しい料理が特徴。

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来歴

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幼少~学生時代

1942年に3人兄弟の長男として生まれました。幼いころに父を戦争で亡くし、母は女手ひとつで3人の子供を育ててくれ、苦しい生活を支えたのは和裁の技術でした。母は「手に職をつけなさい。手に職があればどんなことがあっても生きていける」と私に教えてくれました。忙しい母に代わって料理を作っていた私は自然と料理人の道を目指すようになりました。子どものころは川でナマズや蟹、海老を採っては夕飯を作っていました。

社会人時代

「料理を作る仕事なら、どこに行っても食べ物がついて回る。楽しく仕事ができる」と思い、早く手に職をつけたかったので高校を中退し、16歳で故郷を後にしました。大阪市内の仕出し弁当店「一富士」に就職し、夜は調理師専門学校に通いました。19歳のとき、単身オーストラリアに渡り「ホテルオリエンタル」にて力をつけ、1年半の修業後、帰国。銀座「四季」にて3年間の修業を積みました。フランス料理の先駆者的存在だった志度藤雄の指導をうけました。その後、青山「ココ・パームス」、「西洋膳所ジョン・カナヤ麻布」にてシェフを務めました。

ターニングポイント

料理業界に入った時から「絶対に自分の城を持つ!」と決めていました。高価なお皿やグラスなど、「西洋膳所ジョン・カナヤ麻布」で務めていた時、小原流家元の家族の方々との出会いが縁で、南青山の「小原会館」での出店が決まりました。

覚悟の瞬間

1989年の夏、27坪の小原会館から230坪の渋谷東邦生命ビル(現:渋谷クロスタワー)への移店を決めた時は私にとって覚悟の瞬間だったと思います。

今後の目標

生涯現役であることが私の目標です。健康を維持し、楽しんで現場に立っていたいですね。また、願わくば、今まで支えてくれた家族に感謝をこめて「家族サービス」をしたいと思っています。

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お気に入り

人形

自分で世界各地で買い集めています。また、プレゼントでいただくことも多いですね。

包丁

柄が象牙でできていて、自分の手の形にあわせて職人さんが作ってくれたものです。やはり使いやすくて気に入っています。