覚悟の瞬間(とき)

ロダン21 代表 品川隆幸
しながわたかゆき

品川隆幸

島根県生まれA型
職業:ロダン21 代表
趣味:園芸、読書、写真
座右の銘:為せば成る、継続は力なり

1972年、東大阪市内に品川ゴム製作所を創業。1990年、株式会社シナガワに改組。1998年、東大阪異業種交流グループ「ロダン21」を立ち上げ、代表幹事に就任。2001年、株式会社ロダン21に組織変更、社長に就任。約百社のグループ会社とともに、中小企業の生き残りを懸け、モノづくりの総合プロデュースに挑戦し続けている。

オフィシャルサイト

来歴

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幼少~学生時代

3歳のときに父親を戦争で亡くしました。終戦直後親戚のお寺に引っ越し、いとこたちと大家族での生活を送っていました。その後、母親が教職に着いたため、小学校2年生の時に転校。以後中学卒業までに5回転校を繰り返しました。この間、引っ越しは8回。そのため、引っ越し名人、飯炊き名人、風呂炊き名人と呼ばれるようになりました。このころはまだテレビもないため、よく遊ぶ子ども時代でした。演劇が好きだったので、高校では演劇部に所属していました。このころは教員になることを目指していましたが、アルバイトで商売の面白さを知り、金持ちになりたい一心で大学進学をやめて急遽就職することにしました。鶏口牛後の格言通り、小規模な会社へ就職をしました。

社会人時代

1960(昭和35)年当時は建築ラッシュで日々新しい建材が生まれていて、非常に活気がありました。ちょうど高校の恩師の勧めもあって建材屋に興味を持ち、大阪西区の小さな建材屋に就職しました。この会社に勤めた5年間は、仕事も充実していて楽しい日々でした。

起業のきっかけ

学生時代から、自分のやりたいことで独立し、金持ちになりたいと思っていました。そこから実際に事業を起こし、働きやすい職場作りやゴムパッキン製造の自動化を目指し、永続できる企業を作りたいと思い、23歳の時に独立を決意し、叔父の後押しもあり、机一つで独立開業しました。しかしわずか1年で、多額の借金を抱えてしまい、事業を継続することを断念しました。その後前出の叔父の会社でゴムパッキンの仕事を手伝うことにしました。ゴムパッキンは、1コが1円にも満たない安い商材。言ってしまえば大した儲けにもならず、人が見向きもしない仕事です。したがって機械化もされていないし、ライバルも少ないということです。しかし、人がやりたがらない仕事だからこそ、そこにチャンスがあると、ある日ハッと気がつきました。ゴムパッキン作りは、家内工業のいわゆる3ちゃん3K仕事。業界として遅れているからこそ、機械化できれば儲かる企業に育つ可能性があると思いました。

覚悟の瞬間

覚悟の瞬間は3度ほどありました。1度目は就職した仕事を辞めたときです。2度目は独立を決意したときです。そして、40歳の時、20年間コツコツためた貯金を全額はたいて、パッキン自動機の試作を1台作る決心をした時は覚悟を決めました。

今後の目標

今の世の中は、地域のコミュニティーでのつながりが希薄になっていると思います。だからこそ、そんな地域のつながりを取り戻し、活性化するために活動したいと考えています。そのために、信頼でき、目的を共有できる仲間作りと、農業を中心としたコミュニティー作りを目指していきます。

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