覚悟の瞬間(とき)

ユミカツラインターナショナル 代表 桂由美
かつらゆみ

桂由美

東京都生まれB型
職業:ユミカツラインターナショナル 代表
趣味:花を見ること、デザインをすること
座右の銘:この道より我を生かす道なし。この道を歩く

ブライダルファッションデザイナー。 共立女子大学卒業後、フランスへ留学し、ブライダルを勉強する。1964年 日本初のブライダル専門店をオープン。1969年 全日本ブライダル協会設立し1999年 東洋人として初めてイタリアファッション協会の正会員となる。2005年 パリ・カンボン通りのシャネル本店前にパリ店オープン。

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来歴

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幼少~学生時代

おとぎ話が大好きで、周りからは「万年少女」と呼ばれるほど絵本ばかり読んでいる女の子でした。しかし、日本が戦争に差し掛かって、おとぎ話と全く逆の世界を生きる日々を過ごしました。心の中にはお城や白馬の王子様がいてギャップがすごくありました。戦争が終わってからは演劇の世界にのめり込みました。自分でドラマを作れば周りも喜んでくれると思いました。文学座の演劇学校に入学し、大学と並行して通っていました。将来は、演劇のプロデューサーになりたいと思っておりました。

ファッションの道に進もうと思ったきっかけ

母親が洋裁の専門学校を営んでおり、私は長女だったので1日も早く大学を卒業して家業を手伝ってほしいと言われていました。私は布を縫う事が苦手だったので「学校は技術の優れた弟子の方が継げばいい、私は自分の道を行く!」と演劇の世界に入りこみました。しかし、文学座に入り自分の才能の限界に気付き、自分は井の中の蛙だったという事を思い知りました。進む道を模索する中、当時演劇チームのリーダーであった芥川比呂志さん(芥川龍之介さんのご子息)に「新劇には知性が必要なのだ。大学でしっかりと勉強しなさい」と言われ、嫌いだったファッションの勉強をし直す事にしました。改めてファッションを見つめなおした時に、縫う事が苦手でもデザイナーの道やスタイリストの道もある、ファッションの世界でも私が役に立てることがあると気付き、ファッションの世界を突き進もうと決意しました。

ターニングポイント

当時日本ではブライダルを学ぶ機会がありませんでした。そこでパリへ留学したのですが、戦中戦後欧米での日本人はまだまだ顔の見えない存在でした。そのため謂れのない差別が往々にしてそこにはありました。とても屈辱的でした。日本のブライダルを世界基準にしようと固く決意しました。

覚悟の瞬間

ウェディングドレス専門店が出来て少し経った頃、ピエール・バルマンが店に寄ってくれた事がありました。店に入り、ドレスをしばらく眺め彼は「僕は、この世で一番美しいのは花嫁姿だと思っている、自分はオートクチュールを扱っているから一年で数えるくらいしか作らない。あなたは毎日毎日ウェディングドレスを手掛けているのでしょう?羨ましいです。」と言いました。かの有名なピエール・バルマンに「羨ましい」と言ってもらえるなんて自分は本当に恵まれているのだと思いました。この仕事は自分にとって天職だと思いました。絶対この道を行くのだと覚悟を決めました。

今後の目標

世界中の人に私のデザインを広めたいと思います。パリには店はありますがヨーロッパやアメリカ、そして中国に広めたいです。日本のブライダル業界は成熟してきていますがアジアはまだまだ発展途上です。特に中国はこれからという状況なので中国にも力を入れて、たくさんの人に私のドレスを着て頂きたいです。

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