覚悟の瞬間(とき)

がんメディカルクリニックCARNA MED 総院長 高柳芳記
たかやなぎよしのり

高柳芳記

北海道生まれB型
職業:がんメディカルクリニックCARNA MED 総院長
趣味:読書、シェルター開発
座右の銘:継続は力なり

1989年(医)高柳眼科を開業(釧路)。今迄13700件を越える白内障手術を施行。2001年、実父を肺がんで亡くし、がん先端医療の研究に取り組む。2008年「がん総合補完医療外来」増設。2012年「がんメディカルクリニック CARNA MED」を開業(札幌)。遺伝子治療、免疫治療を主軸に治療を実践。現在は抗がん剤の副作用や耐性問題を遺伝子解析情報から臨床に役立てる研究や、一般薬の薬物代謝、薬物相互作用の研究により薬害から患者を守るラボを立ち上げた。

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来歴

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幼少~学生時代

子どものころは、外で夕方まで元気に遊ぶ子でした。スポーツが好きで、小学校5~6年生はスピードスケートクラブに入り、釧路大会総合3位になりました。釧路だと総合1~10位の間に入賞すると、その中からオリンピック選手が生まれると言われているような順位でした。この道に進んでいたとしたら、オリンピックで金メダルを目指すという様な夢を見てもいいような小学生時代でした。家庭科の夏休みの宿題で、刺繍があり、自分で作成した物を提出しましたが、後日職員室に呼ばれて、「お母さんにやってもらったのを提出してはダメです」と注意されたことがありました。その後、家庭科の時間に刺繍の授業があり、先生が私の作業する姿を見て、「ごめんなさい」と謝ってきたことがありました。小さいころから手先が器用で、家庭科の先生には私がやった刺繍に見えなかったようです。

現在の道へ進んだきっかけ

アメリカの脳外科医、ベン・ケーシーが着用していた立襟の白衣を、3~4歳のころTVで見て憧れを抱き、「なってみたい」と思ったのと同時に、アフリカでの医療活動に尽力していた、世界的にも有名な医師、アルベルト・シュバイツァーにも憧れていました。幼稚園時代には彼の絵を書いたりしていました。父は建築家で、その一人息子でありましたが、家業の建築業を継がずに、家族を説得して、医師の道へと入っていきました。

覚悟の瞬間

眼科医で手術を沢山やっておりましたが、父を肺腺癌で亡くしました。抗がん剤の効果はなく、がん発見からわずか半年で亡くなりました。父の死を間近で見て医師として悔しいものがあり、癌の先端医療を研究しようというきっかけになりました。

今後の目標

免疫治療においては、細胞培養の仕事をどんどん進化させて、より抗がん作用のある免疫治療をしていきたいと思っています。がんは遺伝子異常による病気なので、今は遺伝子解析というものに力を入れております。遺伝子解析を通して、抗がん剤の副作用、薬剤耐性、薬剤代謝、薬物相互作用が分かってきます。これらが分かることにより、抗がん剤の副作用による大きな事故が起きないようになります。遺伝子解析研究所を立ち上げましたので、今後はファーマコゲノミクスを追究しようと思います。もう一つ大事なことがあって、今、「遺伝子組み換え食品」が世界中にあります。代表的なのは、小麦やトウモロコシ、大豆などです。知らずについつい多く食べるようになってきているのですが、遺伝子組み換え食品が発がんの原因になっている可能性もあるので、がんを一人ひとり治療するのも大事ですが、食の安全ということを遺伝子レベルで研究していき安全な食物から、がんを予防できるのではないか。そして遺伝子解析を発展させて皆様のお役にたてるようになれれば、と思っております。

日本のアカルイ未来のために

まず、自分の好きなことを1つでもいいからつかんで欲しいと思います。そこには「なぜ」「どうして」ということができてきます。それをより深く掘り下げて、分からないことは色々な情報を集めて深く勉強してください。そうすると、きっと新しい何かに気づいて、自分の為にもなり、世の為にもなる何かがあると思います。「継続は力なり」「好きこそものの上手なれ」ということを伝えたいです。

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お気に入り

ペン

いままで多くのサインペンを使ってきましたが、軽くて疲れず、インクの濃い薄いが黒で3種類もあります。非常に書きやすく、とても使いやすいです。

置物

木の優しい癒しの質感が好きで、リラックスしたい時には、手に持っています。卵型は衝撃にもっとも強い形で、シェルターの構造にも共通の形です。