覚悟の瞬間(とき)

本間総合計画 代表 本間貴史
ほんまたかふみ

本間貴史

山梨県生まれB型
職業:本間総合計画 代表
趣味:旅行
座右の銘:大胆小心

国立宮城高専建築学科(現仙台高専)を卒業後、建築家の針生承一氏に師事。26歳で一級建築士を取得。独立開業後は東北地方を中心に全国各地で住宅や施設など数々の建築設計を手掛ける傍ら、テレビ番組「大改造!!劇的ビフォーアフター」に7回出演。2010年からは東北文化学園大学 科学技術学部の非常勤講師も務める。本業の合間に全国で延べ300回以上の講演を行っている。

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来歴

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幼少~学生時代

日本海に面した小さな町で育ちましたので、幼い頃から海や砂浜が一番の遊び場でした。4歳の頃には泳げるようになり、海に親しんで育ちます。夏休みには毎日のように海水浴をして、いつも肌は真っ黒に日焼けしていました。海に潜って魚や貝などを捕ったり、海釣りをしたり外で活発に遊ぶ子どもでした。そして小学校では野球部、中学校では卓球部、高専時代は硬式テニス部に所属します。また学生時代には新聞配達や喫茶店などアルバイトもよくしました。家庭教師の当時の私の教え子は計15人にのぼります。アルバイト収入が月に30万円以上になったこともあるほどです。

現在の道へ進んだきっかけ

幼少期の頃から、住宅の間取り図を描いて遊んでいました。ものを作ることにいつの間にか興味を抱くようになります。中学生の時に「私の将来像」という作文の課題があり、そのとき自分の将来について初めて真剣に考えました。自分は何になりたいのか?と。散々悩んだあげく辿り着いたのが『建築家』です。それからは真っ直ぐ『建築家』を志して歩んできました。私が建築学科を卒業する頃はバブル景気の真っ只中、大手ゼネコンや大手ハウスメーカーなど高待遇の優良企業に就職のチャンスも沢山ありましたが、はじめから建築家の元で修業することを決めていましたので就職試験を受けたのは仙台の有名建築家の事務所1社のみ。 運よく採用が決まり、建築家の道へ足を踏み入れることになります。

覚悟の瞬間

建築家の元で修業していた24歳の時、無理がたたり身体をこわしました。すぐに退職することになり人生の岐路に立ちます。建設会社や建材メーカー等に再就職して、建築家になる夢を断念すべきか悩みました。最終的には意を決して、『独立の道』を選択します。しかし当時はまだ二級建築士の資格しかありませんでしたし、経験の浅い24歳の若造に仕事の依頼が来るのかとても不安でした。でも逆に若いからこそやり直しは簡単だし、単身で身軽なうちに冒険するものいいかと覚悟を決めます。そして26歳の時には一級建築士を取得し、徐々に軌道に乗り始めるようになりました。

今後の目標

持論の『木造スケルトン&インフィル』という考え方を日本中に浸透させることが目標です。今までの木造住宅は間取りに合わせて構造(骨組み)が造られてきました。 いまでも建築士試験では間取りに合わせて構造を設計しないと合格できないのですが、 この造り方だと家が長持ちしないのです。リフォームするのに費用が掛かり過ぎるので、 費用対効果から建替えてしまっているのが現状。それを何とかしたいと考えて取り組んでいるのが持論の「木造スケルトン&インフィル」という考え方なのです。つまり間取り (インフィル)と構造(スケルトン)を分けて設計します。もしも簡単にリフォームができるのならば建替えをする必要もない訳ですから家の長寿命化が図られるのです。この考え方を日本中に広めたいと思い講演活動を行っています。

日本のアカルイ未来のために

何より「自分の本当にやりたい仕事」を見つける事が大切だと思います。やりたい仕事なら、どんなに辛くても耐えられますし、夢に向かって惜しみなく努力を続けられると思うからです。明るい将来が見えにくい今の時代だからこそ、自分の力で未来を明るくするつもりで頑張って欲しいと思います。

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お気に入り

ポータブル音楽プレーヤー

腕時計の代わりに持ち歩いています。音楽ではなく、中国語講座の音声を入れて移動中などに聞くようにしています。

ペン

とても書き味が良く、気に入っています。パソコンやタブレットやスマホなどを使うようになってから手で書く機会が減りましたが、手書きの方がいろんなアイディアが浮かぶ気がするので常に持ち歩くようにしています。